草枕

草枕夏目漱石
発表
1906年(明治39年)
初出
雑誌『新小説』1906年9月号に発表
形式・長さ
小説・中編
手ごわさ
手ごわい
山路を登りながら、こう考えた。
書き出し

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ひとことで言うと

三十歳の画家が、俗世のしがらみを離れた「非人情」の旅を求めて山奥の温泉宿に泊まり、宿の出戻りの娘那美と出会う話です。筋よりも、画家が美や芸術について思いめぐらす独白が多くを占めます。「智に働けば角が立つ」で知られる書き出しの小説です。

こんな人に

  • 人づきあいに疲れて、どこか遠くへ行きたい人に
  • 絵や詩について考えるのが好きな人に
  • 筋を追うより、文章の調子や景色を味わいたい人に

あらすじ(ネタバレなし)

主人公の「余」は三十歳の画工(画家)です。人の世の住みにくさから少し離れ、利害や人情にとらわれない「非人情」の境地で自然や人を眺めようと、春の山道を一人で登っていきます。

雨宿りした峠の茶屋で、余は婆さんから那古井の温泉宿、志保田の家の嬢様の話を聞きます。嬢様は望まない相手に嫁がされ、夫の勤める銀行が戦争でつぶれたため、実家に戻ってきたといいます。婆さんは、二人の男に思いを寄せられて淵に身を投げた、昔話の長良の乙女と嬢様の身の上がよく似ていると言います。

那古井の宿に着いた余は、この嬢様、那美と出会います。那美は人を驚かせるふるまいをする一方で、余が見た中で最も美しい所作をする女でもありました。やがて那美は、自分の画を描いてほしいと余に頼みます。けれども余は、那美の顔には何かが足りないと感じて、筆をとることができません。

主な登場人物

余
語り手で、三十歳の洋画家。非人情の旅を求めて山の温泉宿に滞在する。名前は出てこない。
那美
志保田家の娘。嫁ぎ先から実家に戻っている。村では不人情だなどと噂されている。
志保田の隠居
那美の父。湯治場とも隠居所ともつかない家に住む村の物持ちで、骨董が大好き。
久一
那美のいとこで、絵を描く青年。戦争で召集され、満洲へ出征することになる。
観海寺の和尚(大徹)
近くの観海寺の住職。隠居の茶席で余と同席し、のちに余と語り合う。
茶屋の婆さん
峠の茶屋の老婆。那美の身の上と、長良の乙女の昔話を余に語る。

見どころ・おもしろいところ

  1. 誰もが知る書き出し

    智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、と続く冒頭は、日本の小説の書き出しの中でも特に有名です。人の世の住みにくさから詩が生まれ、画ができるという考えが、ここから作品全体に広がっていきます。

  2. 東洋と西洋の芸術論

    余は、愛や正義など人の世のことから離れられない西洋の詩と比べて、王維や陶淵明の東洋の詩は俗世を抜け出した境地にあると語ります。小説の中で芸術論がたっぷり展開されるのが、この作品の大きな特徴です。

  3. 那美とオフィーリア

    余は那美を画にしようとして、ミレーの絵画『オフィーリア』の面影を思い浮かべます。水に浮かぶ女の姿と、長良の乙女の昔話と、那美の身の上とが重なり合い、作品に独特の美しさと不穏さを与えています。

つまずきやすい所と、読み通すコツ

筋より独白を味わう

全十三章のうち、出来事が起こる場面は多くありません。余の長い独白が続くところは、話の筋を探さずに、文章の調子を楽しむつもりで読むと疲れません。

漢詩や俳句は流してよい

作中には余が詠む俳句や漢詩、引用される詩句がたびたび出てきます。意味がとれなくても筋には響かないので、那美が出てくる場面を軸に読み進めると全体がつかめます。

最後の章まで読み切る

物語は最後の第十三章で大きく動きます。途中で「何も起こらない」と感じても、最終章の駅の場面まで読むと、それまでの芸術論の意味が見えてきます。

二週間で書かれた初期の名作

漱石の手紙から、この作品は1906年7月26日に書き始め、8月9日に脱稿したことがわかっています。『吾輩は猫である』を書き終えた10日後に取りかかり、2週間ほどで仕上げました。

素材は、熊本で英語教師をしていたころの小天温泉への旅です。作中の峠の茶屋は、熊本市街から小天温泉へ向かう途中の鳥越の峠か野出の峠にあった茶屋がモデルとされ、いまも茶屋跡や漱石の句碑が残っています。

三角の世界と呼ばれた英訳

発表の翌年に作品集『鶉籠』に収められ、1914年には読者の希望に応えて単独の本として刊行されました。英訳は1927年から出ており、1965年のアラン・ターニー訳は、作中の芸術家を三角の世界に住む人とたとえた一節から『The Three-Cornered World』と題されました。

カナダのピアニストグレン・グールドはこの作品を愛し、自ら編集したものをラジオ番組で朗読しました。20世紀最高の小説の一つと語り、死の床の枕もとには書き込みだらけの『草枕』があったといいます。

結末まで知りたい人へ

ネタバレを含むあらすじを開く

満洲へ出征する久一を見送るため、余は那美やその父、兄たちと川舟で吉田の停車場へ向かいます。那美はそれまでにも、野武士のような風体の男に金を渡していました。その男は那美の別れた夫で、満洲へ行くための金をもらいに来ていたのでした。

汽車が動き出すと、最後の三等車の窓から、その野武士が名残惜しそうに顔を出します。那美と男は思わず顔を見合わせ、男の顔はすぐに消えます。茫然と汽車を見送る那美の顔には、それまで一度も見せたことのない「憐れ」が浮かんでいました。余は那美の肩を叩き、それが出れば画になると小声で言います。余の胸の中の画は、その一瞬に出来上がったのでした。

よくある疑問

『草枕』はどんな話?

三十歳の画家が、非人情の境地を求めて山の温泉宿に滞在し、宿の娘那美と出会う話です。画家の独白として、漱石の芸術論が多く織り込まれています。

「非人情」とはどういう意味?

冷たいという意味の「不人情」とは違い、義理や人情、利害損得から一歩離れて、物事を絵や詩のように眺める態度のことです。主人公はこの境地で旅をしようとします。

舞台はどこ?モデルはいる?

那古井温泉は、熊本県玉名市の小天温泉がモデルです。熊本で英語教師をしていた漱石が、1897年の大晦日に友人と訪れた体験がもとになっています。那美のモデルは前田卓という女性です。

『草枕』は無料で読める?

著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。新字新仮名の版が公開されています。

出典

あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。

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