雁

雁森鴎外
作者
森鴎外
発表
1911年〜1913年(明治44年〜大正2年)
初出
文芸雑誌『スバル』に連載。1915年5月に刊行
形式・長さ
小説・中編
手ごわさ
ふつう
古い話である。
書き出し

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ひとことで言うと

明治13年の東京、高利貸の妾として暮らすお玉が、家の前を毎日散歩で通る医学生の岡田にひそかに思いを寄せていく話です。物語を語るのは岡田の下宿の隣人だった「僕」で、35年後に振り返って書いたという形をとっています。叶いそうで叶わない思いが、小さな偶然に左右されていきます。

こんな人に

  • 言い出せないまま過ぎていった思いを覚えている人に
  • 明治の本郷や上野の町並みを歩くように読みたい人に
  • 派手な事件より、人の気持ちの小さな揺れを味わいたい人に

あらすじ(ネタバレなし)

明治13年、医科大学の学生たちが暮らす本郷の下宿屋・上条に、岡田という学生がいます。体格がよく美男で、毎日夕食のあとに決まった道を散歩する、几帳面な若者です。隣室の「僕」は古本屋で何度も出くわすうちに、岡田と行き来するようになります。

岡田の散歩道である無縁坂の途中に、ひっそりとした家があります。住んでいるのはお玉という若い女性です。飴細工屋の父と二人で貧しく暮らしてきたお玉は、親のためにと、ある男の妾になる話を受け入れました。相手の末造は、大学の小使から身を起こした高利貸でした。

檀那の商売を知ったお玉は、自分の境遇を見つめ直すようになります。そんな日々のなか、窓の外を通る岡田と目で会釈を交わすようになり、やがて末造が買い与えた紅雀がきっかけで、二人は初めて言葉を交わします。

主な登場人物

僕
語り手。岡田と同じ下宿の隣室に住む学生。お玉の身の上は、のちに本人から聞いたとしている。
岡田
医科大学の学生で、競漕の選手。散歩の道筋がいつも決まっていて、無縁坂を通る。
お玉
無縁坂の家に住む末造の妾。飴細工屋の一人娘で、父を思って妾になることを承知した。
末造
高利貸。大学の小使から金貸しで成り上がった。妻子がありながらお玉を囲う。
お常
末造の妻。お玉のことを知って嫉妬に苦しみ、家の中が重苦しくなっていく。
お玉の父
元は秋葉原で飴細工の床店を出していた老人。末造の商売を知らずに暮らしている。
石原
柔術に凝っている学生で、僕と岡田の知り合い。物語の終わり近くに登場する。

見どころ・おもしろいところ

  1. 語り手が知りえないはずの場面

    語り手は岡田の友人ですが、物語にはお玉と末造のなれそめや、末造夫婦の諍いまで描かれます。後になってお玉と知り合い、見たことと聞いたことを照らし合わせて書いた、と語り手は説明しています。誰の目から見た場面なのかを意識すると、語りの仕掛けが楽しめます。

  2. 金貸しの家の内側

    末造は金のことしか考えない男として登場しますが、お玉の前では穏やかな檀那の顔を見せます。一方で家では、妻のお常との間に嫉妬と言い訳の応酬が続きます。悪役になりきらない末造の描き方が、話に厚みを与えています。

  3. 明治13年の町を歩く

    岡田の散歩道として、無縁坂や不忍池、上野広小路、湯島天神などが細かくたどられます。語り手はところどころで当時と書かれた時点の町並みの違いにも触れています。地図を横に置くと、お玉の家の位置や岡田の道筋がよくわかります。

つまずきやすい所と、読み通すコツ

冒頭は岡田の紹介が続く

最初の章では、岡田の人柄や散歩の道筋、古本屋の話が長く語られ、お玉はなかなか出てきません。お玉の身の上は第四章からまとめて語られるので、そこまでは下宿の空気を味わうつもりで読むと楽です。

話があちこちへ移る

全24章のなかで、岡田の側、お玉の側、末造の家庭と、場面がたびたび切り替わります。誰の場面なのかを章の書き出しで確かめると、時間の流れを見失いにくくなります。

明治の末に描いた明治13年

『雁』は1911年9月から1913年5月にかけて、文芸雑誌『スバル』に連載されました。単行本になったのは1915年5月です。書かれたのは明治の終わりから大正の初めですが、物語の舞台は30年以上前の明治13年に置かれています。

語り手の「僕」は、その出来事から35年を経て書いたと述べています。作中では、岩崎邸の塀や大学の門など、当時と書かれた時点で変わったものにたびたび触れています。過ぎた時代を振り返る距離感が、作品全体の静かな調子につながっています。英語版の解説では、江戸から明治への移り変わりや、近代化の中で女性が置かれた立場が描かれていると紹介されています。

映画とドラマで繰り返し描かれる

1953年には豊田四郎監督、高峰秀子主演で映画になりました。1966年には池広一夫監督、若尾文子主演で再び映画化されています。

テレビドラマも1959年から何度も作られ、1993年のテレビ東京版はギャラクシー賞奨励賞を受けました。英語には1959年に「The Wild Geese」として訳されて以来、いくつかの訳が出ています。

結末まで知りたい人へ

ネタバレを含むあらすじを開く

岡田に蛇から鳥を救ってもらったお玉は、思いを伝えようと心を決め、末造が来ない日を選んで岡田を待ちます。ところがその日、下宿の夕食に僕の嫌いな青魚の味噌煮が出たため、僕は岡田を散歩に誘い、二人で出かけます。不忍池で出会った石原にけしかけられ、岡田が雁を逃がすつもりで投げた石が当たって、雁は死んでしまいます。

夜になって石原が池から雁を取ってきて、三人で無縁坂を通ると、お玉は家の前で岡田を待っていました。しかし岡田が一人ではなかったため、お玉は何も言えません。その晩は石原の部屋で雁を肴に酒を飲み、翌日、岡田は洋行のために下宿を去っていました。二人が会うことはそれきりありませんでした。

よくある疑問

『雁』はどんな話?

高利貸の妾であるお玉が、医学生の岡田に思いを寄せながら、それを伝えられずに終わる話です。岡田の友人の「僕」が語り手です。

タイトルの「雁」の意味は?

作中で、不忍池にいた雁が投げられた石に当たって死ぬ場面があります。不運にも命を落とす雁に、お玉のはかない思いを重ねた作品とされています。

岡田にモデルはいる?

岡田国太郎という人物がモデルとされています。

『雁』は無料で読める?

著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。新字新仮名の版が公開されています。

出典

あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。

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