禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。
あごの下まで垂れる五、六寸もの長い鼻を持つ高僧が、人に笑われないよう鼻を短くしようとする話です。気にしていないふりをしながら、内心ではずっと鼻に悩んできた僧の見栄と、それを眺める周りの人々の心が、短い話の中にくっきり描かれます。夏目漱石に絶賛された芥川の出世作です。
こんな人に
- 自分の見た目の欠点を、人知れず気にしたことがある人に
- 人の不幸を笑ってしまう心の仕組みに興味がある人に
- すきま時間に読める、皮肉のきいた短い話を探している人に
あらすじ(ネタバレなし)
池の尾の寺に住む禅智内供は、五十歳を越えた位の高い僧です。その鼻は上唇の上からあごの下までぶら下がっていて、池の尾で知らない者はいません。食事のときには、弟子に板で鼻を持ち上げてもらわなければなりません。
内供は表向き、鼻のことなど気にしていない顔をしています。しかし内心では、傷つけられる自尊心にずっと苦しんできました。鏡の前で鼻が短く見える角度を探したり、人の鼻ばかり見て自分と同じ鼻の者を探したり、経典の中に鼻の長い人物を探したりしますが、どれも慰めになりません。
ある年の秋、京へ上った弟子が、知り合いの医者から長い鼻を短くする方法を教わってきます。内供はすぐには飛びつかず、気のないふりをして、弟子が熱心に勧めてくるのを待ちます。
主な登場人物
- 禅智内供
- 池の尾の寺の僧。内道場供奉という職にある。長い鼻を内心ずっと気に病んでいる。
- 弟子の僧
- 内供の弟子。京で医者から鼻を短くする方法を聞き、内供に試すよう勧める。
- 中童子
- 寺で働く少年。以前、くしゃみをして内供の鼻を粥の中へ落としたことがある。
見どころ・おもしろいところ
鼻を茹でて踏む療法
教わった方法は、熱い湯で鼻を茹で、それを人に踏ませるというものです。弟子が気づかいながら鼻を踏み、内供が不機嫌な顔で答えるやりとりは、大真面目なのに可笑しい場面になっています。
気にしないふりの策略
内供は鼻を短くしたくてたまらないのに、自分からは言い出しません。弟子に説き伏せられる形をとるために、わざと遠回しなことを言います。弟子のほうもその策略に気づいているところに、人間くささがにじみます。
語り手が説く心の矛盾
作中で語り手は、他人の不幸に同情しながら、その人が不幸を切り抜けると物足りなく感じる心の働きを説明します。同情の裏にひそむ身勝手さを言い当てた一節です。読み終えたあと、この一節を自分に当てはめて考えたくなります。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
仏教の言葉が多い
沙弥、内道場供奉、目連、舎利弗、竜樹など、仏教の言葉や人名がたくさん出てきます。内供が自分の仲間を探している場面だとわかれば、一つ一つの意味は知らなくても読み進められます。
弟子の台詞は古めかしい
弟子の僧は「ござらぬ」のような古い話し言葉を使います。舞台は今昔物語集の時代で、昔の寺の会話だと思って声に出してみると、調子がつかみやすくなります。
同人誌の創刊号に載った短編
『鼻』は1916年2月、第4次『新思潮』の創刊号に発表されました。末尾には大正五年一月と書き終えた時期が記されています。翌1917年5月には、阿蘭陀書房から出た短編集『羅生門』に収められました。
題材は、平安時代の説話集『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』に載っている長い鼻の僧の話です。古い説話の筋を借りながら、自尊心や見栄といった近代的な心理を描き込むやり方は、芥川の作品によく見られる特徴とされています。
漱石の手紙と出世作
この作品を読んだ夏目漱石は芥川に手紙を送り、ユーモアがあり、材料が新しいと褒めました。『鼻』は芥川の出世作となり、初期の評判の多くをこの作品で得ています。
海外でも読まれており、1971年にはSF作家として知られるアルカジー・ストルガツキーがロシア語に翻訳しています。日本では1959年にテレビドラマになり、2010年には本作の後日談を独自に描いたドラマも作られました。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
二度茹でて踏んだあと、内供の鼻は普通の鍵鼻と変わらないほど短くなり、内供は久しぶりにのびのびした気分になります。ところが数日たつと、寺を訪れた侍や中童子、下法師たちが、前よりもあからさまに内供を笑うようになります。内供は機嫌が悪くなり、誰彼かまわず叱りつけ、鼻を持ち上げる板で犬を追いかけていた中童子を打ちます。
鼻が短くなったことを恨めしく思い始めたある晩、鼻がむず痒く熱を持ちます。翌朝目を覚ますと、鼻は元の長さに戻っていました。内供は晴れ晴れした気持ちで、これでもう誰も笑う者はいないだろうと心の中でつぶやきます。
よくある疑問
- 『鼻』はどんな話?
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長い鼻を気に病む高僧が、鼻を短くしたことでかえって周りに笑われるようになる話です。人の不幸と幸福をめぐる、身勝手な心の働きが描かれます。
- 元になった話はある?
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『今昔物語集』の「池尾禅珍内供鼻語」と、『宇治拾遺物語』の「鼻長き僧の事」を題材にしています。
- 夏目漱石はどう評価した?
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漱石はこの作品を読んで芥川に手紙を送り、落ち着いた中にユーモアがあり、材料も新しいと褒めました。『鼻』は芥川の出世作とされています。
- 『鼻』は無料で読める?
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著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。新字新仮名の版が公開されています。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
