アメリカにいる婚約者のもとへ向かう船の上で、早月葉子は妻子のある事務長と恋に落ちます。恋の噂の絶えない美しい葉子は、周りの非難をよそに自分の思うままに進んでいきます。明治の終わりから大正にかけての女性の立場を背景に、型にはまらずに生きようとする一人の女性を描いた長編です。
こんな人に
- 人の目より自分の気持ちを優先してしまう人に
- 危うい恋にのめり込んでいく話を見届けたい人に
- 明治・大正を生きた女性の生き方に関心がある人に
あらすじ(ネタバレなし)
早月葉子は、女権拡張運動に取り組んでいた母のもとで育った三姉妹の長女です。十代で家族の反対を押し切って結婚した木部とは、すぐに別れてしまいました。木部との間に生まれた幼い娘の定子のことは木部に隠し、乳母に預けています。
美しく恋の噂の絶えない葉子には悪い評判がつきまとい、慕っていたキリスト教の指導者の内田にも見放されています。そんな葉子は、亡き母の勧めに従い、アメリカにいる実業家の木村と結婚するため、娘や妹たちを日本に残して船に乗ります。木村を愛しているからというより、日本から逃れ、華やかな暮らしを夢見ての旅立ちでした。
見送りに付き添った木村の友人の古藤は、木村のためにも心を入れ替えるよう忠告しますが、葉子は内心で笑います。船の中で葉子は、世話役を頼まれていた田川夫人を押しのけ、若い留学生の岡を惹きつけて、たちまち船中の社交の花形になります。そして婚約者のいる身でありながら、野性的な魅力を持つ事務長の倉地に惹かれていきます。
主な登場人物
- 早月葉子
- 主人公。美しく、恋の噂が絶えない。母は女権拡張運動に取り組んでいた。
- 木部孤笻
- 葉子が十代で恋愛結婚し、すぐに別れた相手。娘の定子の父親。
- 木村貞一
- アメリカにいる実業家で、葉子の婚約者。葉子の悪評を気にせず結婚しようとしている。
- 古藤義一
- 木村の友人の青年。葉子に、木村のためにも良い妻になるよう忠告する。
- 倉地三吉
- 葉子が乗る船の事務長。野性的な魅力を持ち、妻子がいる。
- 岡
- 船で知り合う、裕福だがどこか気の弱い若い留学生。葉子に惹かれる。
- 愛子と貞世
- 葉子の二人の妹。葉子が渡米するとき、日本に残される。
見どころ・おもしろいところ
別れた夫と乗り合わせる冒頭
物語は、葉子が汽車の中で別れた夫の木部を見かける場面から始まります。木部は短い結婚と離婚に深く傷ついていますが、葉子は木部がそこにいないかのように振る舞います。葉子がどんな人なのかが、最初の場面からよく伝わってきます。
船の上で始まる駆け引き
葉子が乗り込むアメリカ行きの船の中では、田川夫人、留学生の岡、事務長の倉地と、人との関わりが次々に動いていきます。葉子はほかの乗客たちの非難の目を気にもとめずに振る舞います。逃げ場のない船の中で、人間関係が張りつめていく様子に引き込まれます。
時代とぶつかる新しい女
葉子は新しい時代の女としての理想を持ちながら、美しさも男社会を渡る武器にしてよいと考えています。その考えが悪評を呼び、周りとの摩擦を生んでいきます。女性の立場が揺れ動いていた時代を背景に読むと、葉子の振る舞いの意味が見えてきます。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
葉子を好きになれなくても
葉子は人を内心で笑い、周りを振り回すので、読み始めは反発を覚えるかもしれません。共感できるかどうかより、葉子が何を求めて動いているのかを追うつもりで読むと、物語に入りやすくなります。
まわりの男たちを整理する
葉子のまわりには、別れた夫の木部、婚約者の木村、その友人の古藤、事務長の倉地、留学生の岡と、立場の違う男性が次々に登場します。登場人物の一覧で誰が誰かを確かめながら読むと、混乱せずにすみます。
前編と後編の二巻構成
作品は前編と後編に分かれ、青空文庫でも二冊に分けて公開されています。長い作品なので、まず前編を一区切りとして読み通すと、続きに進みやすくなります。
『白樺』の連載から八年がかりで
『或る女』の前半は、1911年1月の『白樺』創刊とともに「或る女のグリンプス」の題で連載が始まり、1913年3月まで続きました。後半は書き下ろしで、題を『或る女』に改め、1919年に叢文閣から前後編で刊行されています。
有島は1916年に妻と父を亡くしてから本格的に作家生活に入り、『カインの末裔』や『生れ出づる悩み』に続いてこの作品を発表しました。主人公の葉子は、国木田独歩の元妻だった佐々城信子がモデルです。作品の主題は、明治の終わりから大正にかけて変わりつつあった、日本社会での女性の立場だとされています。
通俗小説から純文学への評価
発表当時の『或る女』は、モデル小説で通俗的だとして評価されませんでした。戦後になって、日本の近代には珍しい本格的な純文学として読まれるようになります。1970年以降には、のちにコロンビア大学の教授となるポール・アンドラが博士論文の主題に取り上げ、フェミニズム批評の対象にもなりました。ただし結末の受け取り方には見方が分かれ、評価は一定していないとされています。
1954年には大映が豊田四郎の監督、京マチ子の主演で映画にし、作者の長男である森雅之も出演しました。1962年に日本テレビ、1964年にフジテレビでテレビドラマになっています。英語、フランス語、ルーマニア語などにも翻訳されています。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
アメリカに着いた葉子は、木村に会って失望し、病気を口実に倉地とともに日本へ帰ります。倉地は妻子とは離縁したと言い、二人は隠れ家で暮らし始めます。しかし田川夫人の働きかけで新聞に書き立てられ、倉地は職を失い、葉子は親戚から縁を切られます。葉子は木村に送金させて暮らしを支え、倉地は海軍の機密を外国に売って生計を立てるようになります。
やがて葉子は子宮の病に体をむしばまれ、倉地の心変わりや妹の愛子との仲を疑う妄想にとらわれていきます。妹の貞世が腸チフスで入院すると葉子の錯乱は頂点に達し、葉子自身も入院させられます。倉地は姿を消し、愛子や岡も見舞いに来なくなり、葉子は倉地への執着を抱いたまま、手術後の痛みに苦しみます。
よくある疑問
- 『或る女』はどんな話?
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婚約者のいるアメリカへ渡る途中、船の事務長と恋に落ちた早月葉子が、世間の非難を浴びながら自分の思うままに生きようとする話です。明治の終わりの社会で、自由を求める女性の姿が描かれています。
- 『或る女』にモデルはいる?
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主人公の葉子は、国木田独歩の元妻だった佐々城信子をモデルにしています。ほかの人物にもモデルがいて、木部孤笻は国木田独歩、古藤義一は有島武郎自身とされています。ただし結末は創作で、実際の信子は71歳まで元気に生きました。
- どのくらいの長さ?
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前編と後編の二巻からなる長編小説です。前半は「或る女のグリンプス」の題で『白樺』に16回連載され、後半は書き下ろされました。
- 『或る女』は無料で読める?
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著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。前編と後編に分けて、新字新仮名の版が公開されています。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
