堀川の大殿樣のやうな方は、これまでは固より、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。
平安時代、権勢を誇る堀川の大殿に命じられ、天下一の絵師・良秀が地獄の様子を描いた屏風に取りかかります。見たものしか描けないという良秀は、絵のためにどこまでも突き進んでいきます。大殿に仕えた一人の家来が語り手となって、その屏風にまつわる恐ろしい由来を打ち明ける物語です。
こんな人に
- ひとつのことに取りつかれた人間の怖さに惹かれる人に
- 語り手の言葉をそのまま信じてよいのか、疑いながら読むのが好きな人に
- 美しさと残酷さが隣り合う話に心を動かされる人に
あらすじ(ネタバレなし)
堀川の大殿に二十年仕えてきた家来が、大殿の数ある逸話のなかでも最も恐ろしい、地獄変の屏風の由来を語りはじめます。
屏風を描いたのは良秀という絵師です。並ぶ者のない腕前と言われながら、背が低くやせた五十近い老人で、人を見下す態度から誰にも嫌われていました。その良秀が何より大事にしているのが、大殿の邸に小女房として上がっている十五歳の一人娘です。娘は、邸の若殿から「良秀」とあだ名をつけられた小猿をかばったことから、その猿とも仲よくなります。良秀は娘を返してほしいと願い出ますが、大殿は聞き入れません。
やがて大殿は、良秀に地獄変の屏風を描くよう命じます。良秀は弟子を鎖で縛り上げたり、ミミズクに襲わせたりして、地獄の姿を写し取ろうとします。ところが下絵が八割ほどできたところで、筆がぴたりと止まってしまいます。同じころ、邸では娘が人目を避けて泣く姿が見られるようになっていました。
主な登場人物
- 私(語り手)
- 大殿に二十年仕える家来。大殿を深く敬っており、その目を通して話が語られる。
- 堀川の大殿
- 都で並ぶ者のない権勢を持つ貴人。良秀に地獄変の屏風を描かせる。
- 良秀(よしひで)
- 天下一と言われる絵師。偏屈で嫌われ者だが、一人娘だけは深く愛している。
- 良秀の娘
- 大殿の邸に仕える十五歳の娘。母を早くに亡くし、思いやり深く利口な性格。
- 猿の良秀
- 丹波から献上された小猿。絵師と同じ名をつけられ、娘になついて離れない。
- 弟子
- 良秀の弟子たち。屏風の下絵のために、師匠からひどい目にあわされる。
見どころ・おもしろいところ
信じてよいのか迷う語り手
語り手は大殿を心から敬い、何ごとも大殿によいように語ります。けれども、語られる出来事を並べてみると、語り手が見ないふりをしているものが透けて見えてきます。言葉の裏を読むことで、表に書かれていない話が浮かび上がる仕掛けです。
娘と小猿の結びつき
邸でいじめられていた小猿を娘がかばい、それ以来、猿は娘のそばを離れなくなります。嫌われ者の父と同じ名を持つ猿が娘を慕う姿は、恐ろしい話のなかでやさしい印象を残し、物語の後半にもかかわってきます。
絵のための常軌を逸した写生
見たものしか描けない良秀は、弟子を縛り上げ、鳥に襲わせ、その姿を写し取ろうとします。芸術のためなら何をしてもよいのかという問いが、これらの場面を通して少しずつ重くなっていきます。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
冒頭は大殿のほめ言葉が続く
第一章では、語り手が大殿の偉大さを長々と語り、なかなか本題に入りません。本筋は第二章の良秀の紹介から始まるので、冒頭は語り手の大殿びいきを知る場面と割り切って読むと楽です。
人と猿、二人の良秀
絵師の良秀と、あだ名をつけられた小猿の良秀が、同じ名前で出てきます。猿のほうは「小猿の良秀」や「猿」と呼ばれることが多いので、そこに気をつけると混乱しません。
青空文庫は旧字旧仮名
青空文庫で公開されているのは、旧字旧仮名の版です。全体が「ございます」調の語りなので、声に出すつもりでゆっくり読むと、古い字づかいでも意味が入ってきます。
説話から生まれた新聞小説
『地獄変』は、説話集『宇治拾遺物語』の絵仏師良秀の話を基に、芥川が独自に作り上げた作品です。1918年5月の約三週間、大阪毎日新聞と東京日日新聞に連載され、翌1919年1月に新潮社の作品集『傀儡師』に収められました。
主人公の名は、説話では「りょうしゅう」と読みますが、この作品では「よしひで」としています。破棄されたと考えられていた直筆原稿のうち2枚が2007年12月に岡山県倉敷市で見つかり、未完の作品『邪宗門』の原稿も同時に発見されました。
芸術至上主義をめぐる読み
芸術の完成のためにはどんな犠牲もいとわない良秀の姿は、芥川自身の芸術至上主義と重ねて論じられることが多く、発表当時から高く評価されました。英語圏では、語り手が見ないふりをする事実に注目し、何が真実かを問う作品としても読まれています。
1953年には三島由紀夫が歌舞伎の台本を書き下ろし、歌舞伎座で初演されました。三島にとって最初の歌舞伎戯曲です。1969年には東宝が豊田四郎監督で映画化し、良秀を仲代達矢、大殿を中村錦之助が演じ、音楽は芥川の息子の芥川也寸志が担当しました。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
良秀は大殿に、燃え上がる牛車の中で上臈が苦しむ様子を描きたい、見たものしか描けないので車を燃やして見せてほしいと願い出ます。大殿は笑って承知し、数日後の夜、都はずれの荒れた屋敷で車に火をかけさせます。鎖で縛られて車に乗せられていたのは、良秀の娘でした。駆け寄ろうとした良秀はやがて立ち止まり、炎を見つめるその顔には人とは思えない厳かな輝きが浮かびます。小猿も炎の中へ飛びこみました。
語り手は、大殿が娘を焼いたのは絵のために人を殺そうとした良秀をこらしめるためだと語ります。ひと月後、良秀は屏風を描き上げ、良秀を嫌っていた僧都もその出来に感嘆します。屏風が完成した次の夜、良秀は自分の部屋で首をつって死にました。
よくある疑問
- 『地獄変』はどんな話?
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天下一の絵師・良秀が、大殿に命じられて地獄の屏風を描くうちに、芸術のためにすべてを差し出していく話です。大殿に仕えた家来が、屏風の由来を語る形で書かれています。
- 元になった話はある?
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説話集『宇治拾遺物語』にある「絵仏師良秀家の焼くるを見て悦ぶ事」が基になっています。芥川はこれを下敷きに、独自の物語に作りかえました。
- 「良秀」は何と読む?
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この作品では「よしひで」と読みます。元になった『宇治拾遺物語』では「りょうしゅう」と読まれています。
- 『地獄変』は無料で読める?
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著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。旧字旧仮名の版が公開されています。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
