月と六ペンス

月と六ペンスモーム
原題
The Moon and Sixpence
発表
1919年
初出
1919年4月、イギリスで刊行
形式・長さ
小説・長編
手ごわさ
すぐ読める

Amazon で本を探す

ひとことで言うと

ロンドンの平凡な株式仲買人だった中年の男が、ある日突然、妻子を捨てて姿を消します。理由はただ一つ、絵を描くためでした。死後に名を知られることになるこの画家の生涯を、生前の彼を知る作家の「私」が、画家ゴーギャンをモデルにして語っていく長編です。

こんな人に

  • 何かに取りつかれたように打ち込む人の姿に引かれる人に
  • 安定した暮らしと本当にやりたいことの間で迷ったことがある人に
  • 共感できない主人公を、外から観察するように読むのが好きな人に

あらすじ(ネタバレなし)

駆け出しの作家である「私」は、文学好きのストリックランド夫人のパーティーで、その夫チャールズと知り合います。証券会社に勤める彼は、妻の趣味にも関心を示さない、どこにでもいそうな実業家に見えました。ところがある日、ストリックランドは家族を残して突然姿を消します。

女と駆け落ちしたという噂が立つなか、「私」は夫人に頼まれて、彼がいるというパリへ向かいます。そこで見たのは、女の影などなく、安宿で一人貧しく暮らすストリックランドでした。わけを聞くと、彼は絵を描くためにそれまでの生活を捨てたと言います。「私」がいくら責めても、彼は少しも意に介しません。

5年後、パリで暮らしていた「私」は、旧知の画家ダーク・ストルーヴが、ストリックランドの才能にすっかり心酔していることを知ります。ストルーヴに連れられて再会したストリックランドは、相変わらず貧しさの中で絵を描き続けていました。

主な登場人物

私
語り手。ロンドンの若い作家。ストリックランド夫妻と知り合い、彼の生涯を語る。
ストリックランド
チャールズ・ストリックランド。ロンドンの株式仲買人だったが、絵を描くため家族を捨てる。
ストリックランド夫人
チャールズの妻。文学や芸術が好きで、作家を招いてパーティーを開いている。
ダーク・ストルーヴ
オランダ人の画家。絵は売れるが凡庸。ストリックランドの才能を誰よりも早く認める。
ブランチ
ストルーヴの妻。初めはストリックランドを家に入れることに強く反対する。
ティアレ
タヒチの宿屋の女主人。後半で、タヒチでのストリックランドを語る一人。

見どころ・おもしろいところ

  1. 語り手が組み立てる肖像

    ストリックランドは口べたで、自分の考えをほとんど語りません。そのため「私」は、本人の言葉を補ったり、ほかの人から聞いた話をつなぎ合わせたりして、彼の人物像を組み立てていきます。語り手の見方そのものを疑いながら読むのも楽しみ方の一つです。

  2. 才能を見抜いた凡庸な画家

    ストルーヴは、売れる絵を描くけれど凡庸な画家として描かれます。その彼だけが、誰にも認められていないストリックランドの天才を早くから見抜いています。自分では届かない才能を愛してしまう人の姿が、作品にもう一つの深みを与えています。

  3. ゴーギャンとの違い

    ストリックランドは画家ゴーギャンをモデルにしていますが、イギリス人として描かれ、ほかの画家との交流もほとんどありません。実際のゴーギャンは印象派展に出品していたフランス人です。モデルと比べると、モームがどこを作り変えたのかが見えてきます。

つまずきやすい所と、読み通すコツ

主人公の動機は語られない

なぜ家族を捨ててまで絵を描くのか、ストリックランドはほとんど説明しません。理由を探しながら読むと物足りなく感じるかもしれません。説明しない人を周りがどう受け止めるか、という話として読むと入りやすくなります。

語り手と一緒に反発してよい

ストリックランドは周りの人を顧みず、読んでいて腹が立つ場面も少なくありません。語り手の「私」自身も、何度も彼を批判しています。共感できなくても、語り手と同じ距離から眺めればよいと考えると楽に読めます。

舞台は三つの土地に移る

物語はロンドン、パリ、タヒチと舞台を移していきます。タヒチの部分では、語り方も変わり、現地の人々の思い出話が次々に語られます。土地ごとに区切って読むと、全体の流れがつかみやすくなります。

パリで聞いた話から十年

モームは1904年にパリで1年を過ごし、ゴーギャンとともに絵を描いた人々から彼の話を数多く聞きました。そこに小説の題材があると感じたものの、構想はそのまま10年ほど温められます。

執筆のきっかけは、1914年のタヒチへの旅でした。モームは現地でゴーギャンを知る人々に会い、ゴーギャンが絵を描いたガラスの板も手に入れたといいます。作品は1919年4月に刊行されました。

天才の神話と小説の距離

ストリックランドの、周りを顧みず破滅をもたらす天才という姿は、実際のゴーギャンというより、ゴーギャン自身が広めた伝説に近いとされています。実際のゴーギャンは株式仲買人として働き、家族を残してタヒチへ渡りましたが、小説のように冷酷なやり方ではありませんでした。

批評家エイミー・ディクソンは、この小説をエドワード朝の風俗への風刺であると同時に、ゴーギャンの伝記でもあると評しています。1925年にはロンドンで舞台化され、映画やテレビドラマにもなりました。

結末まで知りたい人へ

ネタバレを含むあらすじを開く

重い病に倒れたストリックランドを、ストルーヴは妻ブランチの反対を押し切って自宅に引き取ります。看病するうちにブランチは彼に惹かれ、夫を捨てて彼のもとへ行きますが、愛情は受け入れられず、服毒自殺を遂げます。ストルーヴは彼への敬意を失わないまま、故郷オランダへ帰っていきます。

ストリックランドの死後、「私」はタヒチで、彼を知る人々から晩年の話を聞きます。彼は現地の女性アタと暮らして絵を描き続けましたが、ハンセン病にかかって視力を失い、小屋の壁に描いた大作は遺言どおり死後に焼かれました。ロンドンに戻った「私」は夫人に会い、海で船を操るアタとの息子の姿を思い浮かべます。

よくある疑問

『月と六ペンス』はどんな話?

安定した暮らしと家族を捨てて画家になった男の生涯を、彼を知る作家が語る話です。芸術に取りつかれた人間と、それに巻き込まれる周りの人々が描かれます。

モデルはいる?

画家ポール・ゴーギャンがモデルです。ただしモーム自身は、ゴーギャンの伝記ではなく、聞いた話の主な事実だけを使って残りは創作したと述べています。

タイトルの意味は?

作中では説明されていません。モームの前作『人間の絆』の書評にあった、月にあこがれて足元の六ペンス硬貨を見ない主人公、という評から取ったとする説があります。月は理想や芸術、六ペンスは世俗を指すとする解釈が多くあります。

映画になっている?

1942年にアルバート・リューイン監督、ジョージ・サンダース主演で映画化されました。1959年にはローレンス・オリヴィエ主演でテレビドラマにもなっています。

出典

あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。

Let's share this post !