人形の家

人形の家イプセン
原題
Et dukkehjem
発表
1879年
初出
1879年12月にコペンハーゲンで刊行。同じ月にデンマーク王立劇場で初演
形式・長さ
戯曲・中編
手ごわさ
すぐ読める

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ひとことで言うと

夫に愛され、何不自由なく暮らしているように見える弁護士の妻ノラには、夫にも言えない秘密がありました。夫の命を救うために父の署名を偽造して借金をしたのです。その秘密を握る男が現れたクリスマスから、一家の居間だけで夫婦の関係が揺さぶられていきます。

こんな人に

  • 家族のためにと思って抱え込んだ秘密がある人に
  • 大事件より、会話の中で人の関係が変わっていく話が好きな人に
  • 結婚や夫婦のあり方について一度考えてみたい人に

あらすじ(ネタバレなし)

クリスマスを前にしたノルウェーの町。弁護士トルヴァル・ヘルメルは年明けから銀行の頭取になることが決まり、妻のノラは買い物の包みを抱えて浮き立っています。夫はそんな妻を「小リス」と呼んでからかい、金づかいの荒さをたしなめます。

そこへ、夫を亡くして職を探しているノラの旧友、リンデ夫人が訪ねてきます。ノラは彼女にだけ、かつて重い病気になった夫を療養に連れて行くため、夫に内緒で借金をしたことを打ち明けます。夫には父から出たお金だと伝え、以来こっそり働いて返し続けてきたのです。

ところが、その借金の相手クロクスタは、ヘルメルの銀行で解雇されようとしている男でした。彼はノラに、解雇を取り消すよう夫に頼めと迫ります。断れば、借用証書の父の署名が偽物だと暴露するというのです。

主な登場人物

ノラ
主人公でヘルメルの妻。三人の子の母。訳によって「ノーラ」とも書かれる。
ヘルメル
トルヴァル・ヘルメル。ノラの夫の弁護士で、銀行の頭取に就任することになっている。
リンデ夫人
ノラの学校時代の友人。夫を亡くして貧しくなり、仕事を求めて町にやってくる。
クロクスタ
ニルス・クロクスタ。ヘルメルの銀行で働く男で、ノラの借金の相手。ヘルメルとは旧知の仲。
ドクトル・ランク
ヘルメル家と親しい友人の医師。重い病を抱えている。
アンネ・マリーエ
ヘルメル家の子どもたちの乳母。かつてはノラ自身の乳母でもあった。

見どころ・おもしろいところ

  1. 夫がノラを呼ぶ愛称

    ヘルメルはノラを「小リス」などの愛称で呼び、子どもに言い聞かせるような口ぶりで話します。冒頭では仲のよい夫婦のやりとりに見えますが、夫が妻をどう見ているかがそこに表れています。夫婦の会話の調子に気をつけて読むと、題名の意味が少しずつ見えてきます。

  2. 鍵のかかった郵便受け

    クロクスタは、ノラの秘密を書いた手紙を、ヘルメルの鍵のかかった郵便受けに入れていきます。夫が手紙を開けるまでの時間を、ノラはあの手この手で引き延ばそうとします。何でもない家の道具が、劇の緊張を一手に引き受けています。

  3. 大げさな台詞のない劇

    舞台はずっとヘルメル家の中で、登場人物はふつうの言葉で話します。初演を見た批評家は、血も涙も流れないのに観客を引きつけるイプセンの技を称えました。派手な見せ場ではなく、会話のずれから人の本心が浮かび上がるところが読みどころです。

つまずきやすい所と、読み通すコツ

台詞だけで進む全3幕

これは小説ではなく全3幕の戯曲で、地の文はほとんどありません。誰が話しているかを見失いやすいので、最初に登場人物の名前と立場を確かめてから読むと楽になります。

第1幕の雑談を飛ばさない

第1幕は買い物や来客の話が続き、事件らしいことがなかなか起きないように見えます。けれども、リンデ夫人との会話の中でノラの借金の秘密が語られます。ここを押さえておくと、あとの展開がすべてつながります。

人名の表記が訳ごとに違う

日本では明治以来いくつもの訳と上演があり、「ノラ」と「ノーラ」、「クロクスタ」と「クロッグスタット」のように訳によって表記が違います。別の本や舞台の紹介を見るときは、同じ人物だと思って読み替えてください。

友人の事件から生まれた「現代の悲劇」

イプセンは、友人ラウラ・キーレルの身に起きた事件に深く心を揺さぶられていました。彼女は夫の療養費のために借金をし、返済のために小切手を偽造して、精神病院に入れられてしまったのです。イプセンはこの劇を彼女が入院していたころに書いています。

1878年にローマで書いたメモで、イプセンはこの作品を「現代の悲劇」と呼びました。女性は男性が作った法と男性の目で裁かれる社会では自分自身でいられない、という考えが記されています。1879年12月に刊行された初版8,000部は、ひと月で売り切れました。

結末をめぐる騒ぎと世界での上演

初演は大成功でしたが、結婚を神聖なものと考える当時の人々には、スキャンダルとして受け止められました。ドイツでは主演女優が結末に反対し、勝手に書き換えられることを恐れたイプセンは、不本意ながら別の結末を自分で書いています。のちにイプセンはこれを、自作に対する野蛮な暴挙だったと語りました。

イプセン没後100年の2006年には、世界で最も多く上演された劇になっています。日本では1911年に文芸協会が松井須磨子の主演で上演し、新劇の形成に直接の影響を与えました。イプセン自身は女性の権利運動のために書いたのではないと述べましたが、作品はフェミニズムの流れの中で語られ続けています。

結末まで知りたい人へ

ネタバレを含むあらすじを開く

リンデ夫人は、かつて恋仲だったクロクスタと再会して心を通わせ、彼は手紙を取り戻そうとします。しかし彼女は、夫婦のために真実を知らせるべきだと考えます。手紙を読んだヘルメルは激怒し、ノラを罵って子どもを育てる資格もないと言い放ちます。ところがそこへクロクスタから借用証書が送り返されてくると、彼は態度を一変させ、ノラを許すと言い出します。

夫が自分を守ってくれる人ではなく、自分を人形のようにかわいがっていただけだと悟ったノラは、自分自身を知るために家を出ると告げます。引き止める夫に鍵と結婚指輪を返し、ノラは出ていきます。最後に、玄関の扉が閉まる音が響きます。

よくある疑問

『人形の家』はどんな話?

夫に隠れて借金をした妻ノラが、その秘密を握る男に脅され、夫婦の関係を見つめ直すことになる劇です。女性の生き方を問う作品として、世界中で上演されてきました。

モデルになった人はいる?

イプセンの友人だったラウラ・キーレルがモデルとされています。彼女も夫の病気を治すためにひそかに借金をし、そのことが発覚して大きな騒ぎになりました。

どのくらいの長さ?

全3幕の戯曲です。舞台はヘルメル家の中だけで、登場人物も多くありません。

『人形の家』は無料で読める?

青空文庫で、島村抱月による訳が無料で読めます。旧字旧仮名で書かれています。

出典

あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。

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