高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。
弟殺しの罪で島流しになる男を乗せて、京都の高瀬川を下る夜の舟の話です。罪人とは思えないほど晴れやかな男の顔を不思議に思った役人が、その身の上を聞くうちに、罪とは何かを考えこまされていきます。わずか数千字の短編に、財産と安楽死という二つの問いがこめられています。
こんな人に
- 法律の正しさと人の気持ちがずれる話に関心がある人に
- お金や暮らしの満足について立ち止まって考えたい人に
- 短い時間で、長く考えさせられる話を読みたい人に
あらすじ(ネタバレなし)
江戸時代、京都で遠島を言い渡された罪人は、高瀬舟に乗せられて大阪へ送られました。護送の役人にとっては、罪人と親類の嘆きを夜通し聞かされる、気の重い役目です。
寛政のころの春の夕べ、喜助という三十歳ほどの男が、ひとりで舟に乗せられます。弟を殺した罪人だと聞かされていた同心の羽田庄兵衛は、喜助の様子に目をみはります。喜助は役人を敬って神妙にしていながら、月を仰ぐその顔は、まるで遊山の舟に乗っているかのように晴れやかなのです。
不思議でたまらなくなった庄兵衛は、とうとう、何を思っているのかと声をかけます。喜助は、島へ行くのは自分にとってありがたいことなのだと語りはじめます。その話は、庄兵衛自身の暮らしぶりまで振り返らせるものでした。
主な登場人物
- 喜助
- 弟殺しの罪で遠島になった三十歳ほどの男。身寄りがなく、ひとりで舟に乗る。
- 羽田庄兵衛
- 喜助を護送する初老の同心。妻子を抱え、家計のやりくりに追われている。
- 喜助の弟
- 喜助と助け合って暮らしてきた弟。病気になり、兄に負担をかけるのを気に病んでいた。
見どころ・おもしろいところ
罪人と役人の静かな対話
物語のほとんどは、夜の舟の上で交わされる二人の会話です。役人が罪人の話に聞き入るという立場の逆転が、静かな緊張を生んでいます。月明かりの川面の描写も、会話の重さを引き立てます。
二百文をめぐる身の上話
喜助は、島へ送られるときにお上から渡された二百文の銭を大切に持っています。わずかな額を心からありがたがる喜助の話を聞いて、庄兵衛は自分の暮らしと引き比べずにはいられません。満足とは何かという問いが、ここで静かに立ち上がります。
お上の裁きに迷う役人の心
喜助の話を聞き終えた庄兵衛は、お上の裁きを信じたい気持ちと、腑に落ちない思いの間で揺れます。役人の側の心の動きが丁寧に追われていて、読者も庄兵衛と一緒に答えを探すことになります。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
冒頭は高瀬舟の説明から
最初の数段落は物語ではなく、高瀬舟という護送の仕組みの説明です。ここで江戸時代の遠島の様子を頭に入れておくと、庄兵衛がなぜ喜助に驚いたのかがよくわかります。
後半の告白は一気に読む
後半、喜助が弟とのいきさつを語る場面は、この作品の中心にあたります。途中で区切らず、喜助の語りを最後まで一続きで読むと、庄兵衛が抱く迷いがそのまま伝わってきます。
江戸の随筆から生まれた短編
『高瀬舟』は1916年1月、雑誌『中央公論』に発表されました。もとになったのは、江戸時代の神沢杜口が書いた随筆集『翁草』の中の「流人の話」です。
鴎外は作品と同時に、自作の解説「高瀬舟縁起」を発表しています。そこで鴎外は、原典のうち、罪人が財産をどう受けとめているかと、死にかけた人を楽にしてやることの是非という二つの点に心をひかれたと書いています。
知足か安楽死か、続く議論
鴎外自身の解説があるため、教科書などでは「知足」と「安楽死」の二つが作品の主題とされるのが一般的です。一方で、主題はどちらか一つなのか、両方なのかをめぐって議論が続いてきました。
1930年に日活で映画になり、1988年には工藤栄一の監督で再び映画化されています。須賀敦子がイタリア語に訳した日本現代文学選にも、この作品が選ばれています。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
喜助は、両親を早くに亡くして弟と二人で生きてきました。弟は病で働けなくなり、兄の負担になるのを苦にして剃刀で喉を切りますが、死にきれません。剃刀を抜いてくれれば死ねるから抜いてくれと必死に頼まれ、喜助は医者を呼ぼうとしますが、弟は恐ろしい顔で催促します。観念した喜助が剃刀を抜いたところを近所の老婆に見られ、喜助は弟殺しとして裁かれたのでした。
庄兵衛は、苦しむ弟を楽にしてやったことが本当に罪なのか、わからなくなります。けれども結局、自分より上の者の判断に従うほかないと考えます。それでもどこか腑に落ちないまま、二人を乗せた舟は黒い水の上を進んでいきます。
よくある疑問
- 『高瀬舟』はどんな話?
-
弟殺しの罪で島流しになる男と、彼を護送する役人が、夜の舟の上で語り合う話です。罪人の身の上を聞いた役人が、裁きの正しさに迷いはじめます。
- 『高瀬舟』は実話がもとになっている?
-
江戸時代の随筆集『翁草』に収められた「流人の話」をもとに書かれました。鴎外は、罪人の財産に対する態度と安楽死の問題の二点に興味をひかれたと、自作の解説で述べています。
- どのくらいの長さ?
-
短編小説で、一度に読み切れる長さです。冒頭の高瀬舟の説明と、舟の上での二人の会話からなります。
- 『高瀬舟』は無料で読める?
-
著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。新字新仮名の版が公開されています。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
