電車にはねられて大けがをした「自分」が、療養先の城崎温泉で小さな生き物たちの死を見つめ、生きていることの意味を静かに考える短編です。作者自身の事故の体験から生まれた作品で、簡素で無駄のない文章は私小説・心境小説の代表とされています。
こんな人に
- 大きな病気やけがのあと、生き方を考え直したことがある人に
- 派手な筋より、静かな情景と心の動きを味わいたい人に
- 無駄をそぎ落とした文章のお手本を読みたい人に
あらすじ(ネタバレなし)
東京で山手線の電車にはねられて背中に傷を負った「自分」は、後養生のために城崎温泉を訪れます。医者からは、傷が脊椎カリエスになれば命にかかわるかもしれないが、そうはなるまいと言われていました。
ひとり温泉宿に逗留する「自分」は、近ごろになく静かで落ち着いた気持ちで日々を過ごします。それでも、あのけがは命にかかわるものだったのかという思いは、頭から離れません。静かな温泉町で過ごすうちに、「自分」は死というものを身近に感じはじめます。
そんなある日、「自分」は一匹の蜂の死骸に目をとめます。それをきっかけに、「自分」は温泉町で出会う小さな生き物たちの生と死を、じっと見つめるようになっていきます。
主な登場人物
- 自分
- 語り手。電車事故でけがをし、城崎温泉で療養している。作者自身が重ねられている。
- 医者
- 「自分」の傷を診た医者。脊椎カリエスにならなければ大丈夫だろうと告げる。
- 友
- けがが命にかかわるものかと「自分」に聞かれ、それを打ち消した友人。
- 車夫と子どもたち
- 首に魚串が刺さった鼠に石を投げている人々。車夫は四十歳ぐらいの男。
見どころ・おもしろいところ
蜂・鼠・いもりの三つの場面
作品の中で「自分」は、蜂、鼠、いもりの三つの生き物に出会います。それぞれの場面が「自分」の死生観を少しずつ動かしていくので、順番に並べて読むと作品の組み立てが見えてきます。
作中に出てくる別の短編
「自分」は作中で、『范の犯罪』という短編を書いたことを語ります。これは志賀直哉が実際に書いた作品の題で、語り手と作者がほとんど重なっていることがわかります。私小説と呼ばれる書き方の特徴が、こうした細部に表れています。
大事件より心の動きを追う
大きな出来事はほとんど起こらず、描かれるのは温泉町の情景と「自分」の思いです。心境小説と呼ばれる書き方の代表とされ、筋ではなく、見たものによって心がどう揺れるかを追う作品です。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
冒頭の事故の話を押さえる
作品は、「自分」が電車にはねられてけがをし、その後養生に来ているところから始まります。死にかけた直後の人の目で書かれていることを頭に置いておくと、生き物を見る視線の重さがわかります。
短いので二度読んでみる
短編なので、一度目は情景を、二度目は「自分」の考えの移り変わりを追うつもりで読むと、静かな文章の奥行きに気づきやすくなります。
事故から3年半後の作品化
志賀直哉は1913年8月、里見弴と芝浦へ涼みに出かけた帰り、線路わきを歩いていて山手線の電車に後ろからはねられました。東京で入院して助かったあと、療養のために兵庫県の城崎温泉を訪れています。
作品が『白樺』に発表されたのは、事故から3年半後の1917年です。その間に同じ題材を扱った「いのち」という草稿が書かれており、1914年ごろのものと推定されています。同じ1917年の10月には、長く対立していた父との和解も成立しました。
私小説の手本として
作者の体験をもとにした私小説の中でも、心の落ち着きを描く心境小説の趣が強い作品とされています。徹底した観察で生と死の意味を考え、簡素で無駄のない文体と適切な描写で書かれた文章は、無類の名文と評されています。
本文は収録された単行本によって細かな違いがあり、作品集『映山紅』では題も『城崎にて』に改められています。城崎温泉には、志賀直哉が泊まったとされる旅館の三木屋があります。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
蜂の死骸に、「自分」は寂しいが静かな死への親しみを覚えます。ところが次に見た、首に串を刺されたまま石を投げられて逃げ惑う鼠の姿からは、死の直前の苦しみと騒ぎの恐ろしさを感じます。
ある日、小川の石の上にいたいもりを驚かそうと、「自分」は何気なく石を投げます。石は思いがけずいもりに当たり、いもりは死んでしまいます。哀れみとともに生き物の淋しさを感じた「自分」は、これらの生き物の死と、生きている自分のことを考えます。そして、生きていることと死んでしまっていることは両極ではなかったという感慨を抱き、命拾いした自分を省みるのです。
よくある疑問
- 『城の崎にて』はどんな話?
-
電車事故で大けがをした「自分」が、城崎温泉での療養中に小さな生き物たちの死を見て、生と死について考える話です。
- 『城の崎にて』は実話がもとになっている?
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はい。志賀直哉は1913年8月、山手線の電車にはねられて重傷を負い、療養のために城崎温泉を訪れました。この体験を3年半後の1917年に作品にしています。
- 題は「城の崎」と「城崎」のどちらが正しい?
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発表時の題は「城の崎にて」です。後に作品集『映山紅』に収めたときに『城崎にて』と改められたため、二つの表記があります。
