うとうととして目がさめると女はいつのまにか、隣のじいさんと話を始めている。
九州から東京の大学に入った青年・三四郎が、学問と友人と、ひとりの謎めいた女性のあいだで揺れる青春小説です。都会に戸惑う田舎出の若者の目を通して、明治末の東京と知識人たちが描かれます。『それから』『門』へ続く前期三部作の第一作です。
こんな人に
- 進学や就職で初めて都会に出たときの心細さを覚えている人に
- 相手の気持ちがつかめない片思いをしたことがある人に
- 大事件より、日々の会話の空気を味わいたい人に
あらすじ(ネタバレなし)
東京帝国大学に合格した23歳の小川三四郎は、九州の田舎から汽車で上京します。旅慣れない三四郎は、途中の名古屋で同宿になった女性にどう接していいかわからず、別れ際に度胸のない人だと言われてしまいます。
東京の人の多さに圧倒されながら、三四郎は同郷の先輩で物理学者の野々宮宗八を訪ねます。その帰り、大学構内の池のほとりで、団扇を手にした若く美しい女性を見かけます。のちに三四郎は、彼女が里見美禰子という名だと知ります。
講義が始まると、三四郎は調子のいい同級生の佐々木与次郎と友人になり、与次郎が「先生」と慕う英語教師の広田の家に出入りするようになります。そこで美禰子と再会した三四郎は、英語も話す都会育ちの彼女にますます惹かれていきます。けれども美禰子が何を考えているのか、三四郎にはなかなかつかめません。
主な登場人物
- 小川三四郎
- 主人公。九州の福岡県から上京した大学一年生。熊本の高校を出ている。
- 里見美禰子
- 三四郎が憧れる都会の女性。両親と上の兄を亡くし、下の兄と暮らす。
- 野々宮宗八
- 三四郎の同郷の先輩。大学で光線の圧力を研究する物理学者で、独身。
- 野々宮よし子
- 野々宮の妹。編み物や水彩画をたしなむ。美禰子とも親しい。
- 佐々木与次郎
- 大学でできた友人。広田の家に寄宿している。馬券を買うような遊び好きな面もある。
- 広田先生
- 第一高等学校の英語教師。独身で、与次郎には「偉大なる暗闇」と呼ばれる。
- 原口
- 野々宮や広田と親しい画家。物語の途中で美禰子の肖像画を描きはじめる。
見どころ・おもしろいところ
三人称なのに三四郎の目で読む
この作品は三人称で書かれていますが、視点はほぼ三四郎に寄り添っています。そのため読者も、美禰子のふるまいの意味を三四郎と同じように測りかねます。説明されないまま残るものが、読み終えたあとも尾を引きます。
繰り返される一つの言葉
物語の途中で、美禰子は三四郎に迷子を英語で何と言うかを教えます。その言葉はやがて三四郎のノートにまで書きつけられ、二人の関係や三四郎自身を表すものとして何度も現れます。どこで、誰の口から出てくるかを追うと、作品の芯が見えてきます。
三つの世界のあいだで
三四郎は、母のいる故郷、学問の世界、華やかな都会での出会いという三つの世界を思い描きます。どの世界にも半分ずつ足を入れたまま動けない若者の姿は、時代が変わっても身に覚えがある人が多いはずです。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
大きな事件は起きない
引っ越しの手伝い、菊人形見物、運動会、展覧会と、物語は日常の出来事の積み重ねで進みます。事件を待つより、その場その場の会話から人物どうしの距離が変わっていくのを読むと楽しめます。
人物の関係は早めに整理
美禰子の亡くなった上の兄は広田の親友で、下の兄の恭助は野々宮の同窓です。美禰子と野々宮兄妹がもともと知り合いだと押さえておくと、序盤の会話の含みがわかりやすくなります。
三四郎の故郷は熊本ではない
三四郎の故郷は熊本だと誤解されがちですが、熊本は高校があった土地で、故郷は福岡県の農村という設定です。母からの手紙に出てくるお光さんは、故郷の幼なじみです。
上京する若者たちの時代
『三四郎』は1908年の9月から12月にかけて朝日新聞に連載され、翌年5月に春陽堂から刊行されました。当時は、地方の若者が立身出世を目指して東京へ大勢出てきていた時代です。
作中では広田の言葉として、日露戦争後の日本の行方に対する辛口の批評も語られます。田舎出の青年の目を通して、近代化を急ぐ社会のありようが映し出されています。登場人物の多くには漱石の弟子たちのモデルがいて、野々宮の地下の研究室は、寺田寅彦の研究室をそのまま写したものだとされています。
三四郎池と名を残した小説
三四郎が美禰子を見かけた東京大学の池は、正式には育徳園心字池といいますが、この作品にちなんで「三四郎池」と呼ばれるようになりました。小説の場面が、そのまま大学の名所の名前になったことになります。
1955年には中川信夫の監督で映画になり、1954年から1994年にかけて何度もテレビドラマになっています。朝日新聞は『こころ』に続いて、2014年に『三四郎』を再び連載しました。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
三四郎は与次郎が使い込んだ金を立て替え、その返済をめぐって美禰子と会う機会を重ねます。原口のアトリエで、三四郎は金は口実で、あなたに会いに来たのだと美禰子に告げますが、はっきりした答えは返ってきません。
やがて三四郎は、美禰子の縁談がまとまったことを与次郎から知らされます。相手は野々宮ではなく、美禰子の兄の友人でした。三四郎が帰省しているあいだに美禰子は結婚します。東京に戻った三四郎は、評判になった原口の肖像画「森の女」を展覧会で見ます。題が悪いと言った三四郎は、口の中で迷羊、迷羊と繰り返すのでした。
よくある疑問
- 『三四郎』はどんな話?
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九州から上京した大学生が、新しい友人や先生と出会い、謎めいた女性に惹かれていく話です。明治末の東京を舞台にした青春小説です。
- 登場人物にモデルはいる?
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三四郎は弟子の小宮豊隆、野々宮は寺田寅彦、与次郎は鈴木三重吉がモデルとされています。美禰子のモデルは平塚らいてうとされていますが、漱石自身は会ったことがなかったといいます。
- どのくらいの長さ?
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全13章の長編です。物語は三四郎が上京する夏から、翌年の2月か3月ごろまでの出来事を描いています。
- 『三四郎』は無料で読める?
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著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。新字新仮名の版が公開されています。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
