私はその人を常に先生と呼んでいた。
鎌倉の海で出会った「先生」を慕う青年が、やがて先生の隠してきた過去を知ることになります。後半は先生が青年に宛てた長い手紙で、若い日の友人Kとの間に起きたことが打ち明けられます。上・中・下の三部構成で、恋と友情、消えない罪の意識が描かれます。
こんな人に
- 恋と友情のどちらも手放せなかった経験がある人に
- 人に言えない後悔を抱えたまま過ごしてきた人に
- 隠された過去が少しずつ見えてくる話が好きな人に
あらすじ(ネタバレなし)
明治の終わり、学生の「私」は夏休みに訪れた鎌倉の海岸で、ひとりの年上の男性と知り合います。私はその人を「先生」と呼び、東京に戻ってからも家を訪ねるようになります。
先生は仕事に就かず、奥さんと二人で静かに暮らしています。毎月、雑司ヶ谷にある友人の墓へ参っていますが、その友人のことは語ろうとしません。それどころか、自分をあまり信用してはいけないと私に忠告するなど、謎めいた言葉を何度も口にします。
先生の過去を知りたくなった私は、打ち明けてほしいと迫り、先生は時が来たら話すと約束します。やがて大学を卒業した私は、腎臓を病む父が待つ故郷へ帰ります。父の容態が悪くなっていくなか、東京の先生から思いがけない便りが届きます。
主な登場人物
- 私
- 上と中の語り手。田舎に両親を持つ学生で、先生を慕って家に通う。名前は出てこない。
- 先生
- 仕事に就かず東京で妻と暮らす男性。故郷は新潟。下では先生自身が「私」として語る。
- 奥さん(静)
- 先生の妻。東京の出身。下の前半では「お嬢さん」と呼ばれている。
- K
- 下に出てくる先生の同郷の友人。Kは手紙の中の仮名で、本名は最後まで明かされない。
- 下宿の奥さん
- 下に出てくる、お嬢さんの母。軍人の未亡人で、上の「奥さん」とは別の人物。
- 私の父
- 腎臓の大病を抱える父。明治天皇を敬っている。中の物語の中心になる。
- 先生の叔父
- 下に登場。両親を亡くした先生の世話をし、財産の管理も任された人物。
見どころ・おもしろいところ
語り手が途中で入れ替わる
上と中を語るのは青年の「私」ですが、下は先生が書いた手紙で、そこでの「私」は先生です。同じ一人称で二人の人物が語るので、青年の目に映った先生と、先生が自分で語る先生とを見比べながら読めます。上で引っかかった言葉が、下を読むと別の重さで聞こえてきます。
青年と先生が重なる中
中では舞台が私の故郷に移り、病の重い父と東京の先生の間で揺れる青年が描かれます。批評家の江藤淳は、語り手と若い日の先生が似ていることを指摘しています。下を読んだあとで中を思い返すと、青年がどこへ向かいかけているのかが見えてきます。
下宿で少しずつ動く三人の関係
下では、若い先生が下宿した家のお嬢さんと友人Kと先生の三人の関係が、少しずつ変わっていきます。先生が困窮するKを同じ下宿に誘ったことが、物語を大きく動かします。誰が何を言わずにいるのかに注意すると、場面ごとの緊張が伝わってきます。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
上の前半はゆっくり進む
上では、私が先生の家に通う日々が淡々と描かれ、大きな出来事はなかなか起きません。先生の言葉の裏に何があるかを気にしながら読むと、後半の手紙への手がかりとして楽しめます。
「奥さん」が二人いる
上の「奥さん」は先生の妻ですが、下の「奥さん」は先生が下宿した家の未亡人で、別の人物です。下の「お嬢さん」が上の奥さんにあたると知っておくと、手紙の場面で迷いません。
下は一続きの長い告白
先生の手紙である下は、作品のおよそ後半すべてを占めます。手紙が始まったら一つの長い告白として、なるべく間をあけずに続けて読むと流れがつかみやすくなります。
明治の終わりと新聞連載
『こころ』は1914年4月から8月まで朝日新聞に連載されました。同じ年の9月には、岩波書店から漱石自身の装丁で刊行されています。『彼岸過迄』『行人』に続く、後期三部作の最後の作品です。
漱石は乃木希典の殉死に影響を受けてこの作品を書いたとされています。明治天皇の崩御と乃木大将の殉死に象徴される時代の変わり目が、物語の背景に置かれています。人の奥底にあるエゴイズムと倫理の葛藤は、前の二作から続く主題です。
最も売れた文庫と多様な読み
新潮文庫版は、2016年の時点で発行部数718万部を記録し、同文庫で最も売れている作品とされています。文庫と全集を合わせると、1994年の時点で2000万部に達していました。
漱石がこの作品について自分で解説した言葉は少なく、読む人によってさまざまな解釈が生まれてきました。明治の精神の終わり、近代の孤独、他人に理解されない罪悪感など、論じられてきた主題は多岐にわたります。1955年に市川崑、1973年に新藤兼人の監督で映画になり、テレビドラマや漫画にもなっています。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
父の死期が迫るなか、私のもとに先生から分厚い手紙が届きます。それが遺書だと気づいた私は、父をおいて東京行きの汽車に飛び乗ります。手紙には、叔父に財産をごまかされて故郷を捨てたこと、下宿のお嬢さんに惹かれたこと、そして友人Kからお嬢さんへの恋を打ち明けられたことが書かれていました。先生はKより先に奥さんへ結婚を申し込み、承諾を得ます。それを知ったKは、まもなく自ら命を絶ちました。
先生はお嬢さんと結婚しましたが、Kへの裏切りを妻に打ち明けられず、毎月Kの墓に参りながら世を避けて生きてきました。明治天皇の崩御と乃木大将の殉死に触れ、先生は自らも死ぬことを決めます。手紙は、このことを妻には知らせないでほしいという願いで結ばれています。
よくある疑問
- 『こころ』はどんな話?
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青年が慕う「先生」の秘密を、先生自身の手紙によって知る話です。先生が若いころ友人Kとの間に抱えた罪の意識が、物語の中心にあります。
- なぜ「こころ」という題なの?
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漱石はもともと、いくつかの短編を『心』という題でまとめるつもりでした。最初の一編「先生の遺書」が長くなったため、それだけを三部構成で出版し、題は元のまま残したと単行本の序文に書いています。
- どのくらいの長さ?
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長編小説で、「先生と私」「両親と私」「先生と遺書」の三部構成です。新聞では110回に分けて連載されました。
- 『こころ』は無料で読める?
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著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。新字新仮名の版が公開されています。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
