吾輩は猫である。
名前のない一匹の猫が、飼い主の英語教師とその家に集まる友人たちを観察し、人間のおかしさを皮肉たっぷりに語ります。筋らしい筋はなく、猫の目から見た明治の知識人たちの雑談と騒動が続きます。漱石が小説を書き始めた最初の作品です。
こんな人に
- 物語の筋より、会話の掛け合いを楽しみたい人に
- 人間の見栄や理屈っぽさを笑って眺めたい人に
- 落語のような、とぼけた語り口が好きな人に
あらすじ(ネタバレなし)
生まれてすぐに捨てられた子猫は、迷い込んだ先の家で何度もつまみ出されながら、そのまま居ついてしまいます。飼い主は中学校の英語教師・珍野苦沙弥です。胃が弱く偏屈なこの主人のもとで、猫は名前もつけてもらえないまま暮らしはじめます。
猫は古今東西の書物にも通じ、人間の心の中まで読める、ひねくれた観察者です。主人の家には、ほら話で人をかつぐ美学者の迷亭、理学士の寒月、詩人の東風といった友人たちが入れかわり立ちかわりやって来ては、とりとめのない議論をして帰っていきます。
ある日、近所の実業家・金田の妻が、娘と寒月の縁談の件で乗り込んできます。寒月が博士にならなければ娘はやれないという金田家と、金持ちを嫌う主人との間に、ささやかな対立が生まれます。猫は金田家の屋敷に忍び込むなどして、その成り行きを見届けていきます。
主な登場人物
- 吾輩
- 語り手の雄猫。名前はない。書物に通じ、人間の内心まで読み取って皮肉る。
- 珍野苦沙弥
- 猫の飼い主で中学の英語教師。偏屈で胃が弱い。第三話までは名前が出ず「主人」と呼ばれる。
- 迷亭
- 苦沙弥の友人の美学者。ほら話で人をかつぐのが趣味で、たびたび家に上がり込む。
- 水島寒月
- 苦沙弥の元教え子の理学士。金田家の娘との縁談がもちあがる。
- 越智東風
- 新体詩人で寒月の友人。自分の名を「おちこち」と読ませたがる。
- 八木独仙
- 山羊のような髭の哲学者。物語の後半に現れ、深遠めいた教えを説く。
- 金田と鼻子
- 近所の実業家夫婦。妻は大きな鼻から猫に「鼻子」と呼ばれ、苦沙弥と対立する。
見どころ・おもしろいところ
猫が人間を見下ろす語り
語り手の猫は、人間を愚かで滑稽な生き物として容赦なく批評します。主人の癖や客の見栄が、猫の目を通すと笑いの種に変わります。読むほうも、いつのまにか猫と一緒に人間を眺める側に立たされます。
迷亭のほら話と客たちの雑談
苦沙弥の家に集まる客たちは、恋愛論や女性論、文明論までを好き勝手にしゃべります。中でも迷亭は、もっともらしい作り話で人をかつぐ名人です。話の中身より、かみ合わない掛け合いそのものを楽しむ作品です。
声に出したくなる文章
作中には警句めいた一言がちりばめられ、落語調や七五調の言い回しが多く使われています。もともと文章会で朗読されて好評だったことからもわかるとおり、耳で聞いて心地よい文章です。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
あらすじを追わなくていい
この作品には、筋らしい筋がほとんどありません。一話ごとに話題が変わる随筆のような作りなので、話の行方を追うより、その場の会話を楽しむつもりで読むと疲れません。
全十一話は一話ずつ読める
連載は全11回で、第一話はもともと一回きりの読み切りとして書かれました。長さに気おくれしたら、まず第一話だけを読み、気に入ったら続きへ進む読み方ができます。
古今東西の引用は流してよい
古代ギリシャから明治の文学まで、話題は広い範囲から引かれています。わからない固有名詞は気にせず先へ進んでも、会話のおかしさは十分に伝わります。
俳句雑誌から生まれたデビュー作
漱石が所属していた俳句雑誌『ホトトギス』では、小説も盛んに書かれるようになっていました。漱石は高浜虚子に勧められて筆をとり、最初の一話は虚子らの文章会「山会」で朗読されて好評を得ます。題も虚子が決めたもので、1905年1月の『ホトトギス』に載りました。
評判が良かったため、連載は翌1906年8月まで全11回続きました。掲載誌も売り上げを大きく伸ばし、俳句雑誌から有力な文芸誌の一つになったとされています。書き継ぐうちに話が引き延ばされた所があることは、弟子の森田草平も指摘しています。
続編やパロディを生んだ一作
連載が終わった翌年には『吾輩ハ鼠デアル』などのパロディ小説が出て、三島由紀夫も少年時代に『我はいは蟻である』という小品を書きました。内田百閒は1950年に、漱石の猫が後の時代に現れる『贋作吾輩は猫である』を書いています。
映画には1936年と1975年の二度なっており、1975年版は市川崑の監督です。執筆当時に漱石が住んでいた千駄木の借家は、愛知県の博物館明治村に移築されています。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
寒月と富子の縁談は、結局まとまりません。最終話で寒月は、博士論文の研究をやめて故郷で結婚し、妻を連れて東京へ戻っていたことを打ち明けます。富子のほうは、苦沙弥のもと書生で会社勤めの多々良三平と婚約が決まります。
客たちが帰ったあと、猫は多々良の持ってきたビールの飲み残しをなめて酔い、陽気な気分のまま水甕に落ちてしまいます。はい上がろうともがいたあと、猫はあきらめて身をまかせ、そのまま溺れて死んでいきます。
よくある疑問
- 『吾輩は猫である』はどんな話?
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名前のない猫が、飼い主の英語教師とその友人たちの言動を観察し、皮肉をこめて語る話です。はっきりした筋はなく、雑談と小さな騒動が続きます。
- 猫にモデルはいる?
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いました。1904年の初夏ごろ、漱石の家に野良の黒猫が迷い込んで住みつき、その猫もずっと名前がなかったといいます。飼い主の苦沙弥も、漱石自身がモデルとされています。
- どのくらいの長さ?
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全11話の長編で、最初の単行本は上・中・下の3冊に分けて刊行されました。一話ごとに話題が変わるので、少しずつ読み進められます。
- 『吾輩は猫である』は無料で読める?
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著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。新字新仮名の版が公開されています。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
