野菊の墓

野菊の墓伊藤左千夫
発表
1906年(明治39年)
初出
雑誌『ホトトギス』1906年1月号に発表
形式・長さ
小説・短編
手ごわさ
すぐ読める
後の月という時分が来ると、どうも思わずには居られない。
書き出し

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ひとことで言うと

矢切の渡しに近い旧家の少年政夫と、二つ年上のいとこ民子との淡い恋を、十年余り後の政夫が振り返って書く小説です。仲の良さが噂になり、大人たちに引き離されていく二人の姿が描かれます。歌人伊藤左千夫の最初の小説で、夏目漱石が絶賛しました。

こんな人に

  • 忘れられない初恋の記憶がある人に
  • 短い時間で読み切れる恋愛小説を探している人に
  • 川と畑の広がる明治の村の風景が好きな人に

あらすじ(ネタバレなし)

千葉の矢切村の旧家、斎藤家の政夫は数え年で十五歳。病がちの母の看病と家の手伝いのために、市川から二つ年上のいとこの民子が来ています。二人は幼いころから仲が良く、たわいのない遊びをしながら無邪気に過ごしていました。

ところが、年ごろの男女が親しすぎると、奉公人のお増や近所の人々が噂をはじめます。母は二人を枕元に呼び、もう政夫のところへ行ってはならないと民子に言い渡します。それ以来、民子は政夫によそよそしい口をきくようになりますが、会えなくなったことで、二人はかえって互いを恋しく思うようになります。

秋、村祭りの前日、家じゅうが野良仕事に出ることになり、政夫と民子は二人で山の畑の棉を採りに行くよう言いつけられます。道すがら政夫は野菊を摘み、民さんは野菊のような人だと言います。民子は政夫を竜胆のような人だと言い返します。二人きりの一日は楽しく過ぎますが、家に戻ったのは日が暮れてからでした。

主な登場人物

政夫(僕)
語り手。数え年十五歳の少年。十年余り後に、民子とのことを思い出して書いている。
民子
政夫の従姉。数え年十七歳。市川の家から、政夫の母の看病と手伝いに来ている。
母
政夫の母で、病がちで床についている。民子をかわいがっているが、噂を気にして二人を注意する。
嫂
政夫の兄の妻。二人の仲をよく思わず、年上の民子との結婚に反対する。
お増
斎藤家の作おんな(奉公人)。民子が政夫のそばにばかりいると言いはやす。

見どころ・おもしろいところ

  1. 野菊と竜胆の会話

    山の畑へ向かう道で、政夫は民子を野菊に、民子は政夫を竜胆にたとえます。照れくさい言葉を、同じ言い回しで言い返すやりとりに、二人の気持ちが素直に表れています。題の「野菊」は、この場面から始まります。

  2. 十年後の語り手

    物語は、大人になった政夫が昔を思い出して書く形をとっています。細かいことは忘れても心持ちだけは昨日のように覚えている、という語り手の距離が、出来事のひとつひとつに懐かしさと痛みを与えています。

  3. 写生文の影響を受けた描写

    左千夫は正岡子規に学んだ歌人で、この小説は子規の写生文の影響を受けて書かれました。矢切の渡しや畑、秋の野の景色が、飾らない言葉で目に浮かぶように描かれます。

つまずきやすい所と、読み通すコツ

年齢は数え年で読む

政夫は十五歳、民子は十七歳とありますが、これは数え年です。満年齢では十三歳と十五歳にあたります。大人びた振る舞いに見えても、まだ少年少女の話だと知っておくと、周囲の大人の反応も理解しやすくなります。

前置きはすぐ終わる

冒頭は、語り手がなぜこの話を書くのかを述べる短い前置きです。すぐに矢切村の斎藤家の説明に移り、物語が動き出します。最初の数段落で迷っても、そのまま読み進めて大丈夫です。

一気に読める長さ

作品は章の区切りのない短い小説です。山の畑へ行く場面が物語の中心にあるので、そこまで一息に読むつもりで始めると、途中で手が止まりにくくなります。

牛乳屋の歌人が書いた小説

作者の伊藤左千夫は、東京で牛乳の製造販売を営みながら、正岡子規に師事した歌人でした。子規の没後は根岸短歌会の中心となり、のちのアララギ派の基礎を作っています。

『野菊の墓』は1906年1月、子規ゆかりの雑誌『ホトトギス』に発表されました。左千夫にとって初めての小説で、子規の写生文の影響を受けています。発表されると夏目漱石が絶賛しました。

何度も映像になった純愛

1955年には木下惠介の監督で『野菊の如き君なりき』として映画になりました。1981年には松田聖子の主演でも映画化され、テレビドラマや舞台、漫画にもなっています。

舞台となった松戸市の矢切付近には、1965年に野菊の墓文学碑が建てられました。左千夫の出身地の千葉県山武市にある伊藤左千夫記念公園には、政夫と民子の銅像も建っています。

結末まで知りたい人へ

ネタバレを含むあらすじを開く

夜遅く帰った二人は、あらぬ関係を疑われて咎められます。政夫は予定より早く千葉の中学へ発つことになり、矢切の渡しまで見送りに来た民子と、ほとんど言葉も交わさずに別れます。冬休みに帰ると民子は市川へ帰されており、翌年、民子が嫁いだと知らされます。

初夏、政夫は電報を受け取ります。民子は流産のあと体が回復せず亡くなっていました。母は、民子が縁談を拒んでいたのを自分が説き伏せたと泣いて詫びます。息を引き取った民子の手には、紅絹に包んだ政夫の写真と手紙が握られていました。政夫は七日間市川へ通い、民子の墓のまわりに野菊を植えて、学校へ戻ります。語り手は、互いに望まない結婚をして、民子は世を去り、自分は生き長らえていると結びます。

よくある疑問

『野菊の墓』はどんな話?

十五歳の少年政夫と、二つ年上のいとこの民子の淡い恋が、周囲の大人たちによって引き裂かれていく話です。大人になった政夫が回想する形で書かれています。

舞台はどこ?

千葉県松戸市の矢切付近です。作中には矢切の渡しが出てきて、その付近には左千夫の門人土屋文明の筆による文学碑が建てられています。

どのくらいの長さ?

章に分かれていない短い小説です。作者の伊藤左千夫にとって最初の小説でした。

『野菊の墓』は無料で読める?

著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。新字新仮名の版が公開されています。

出典

あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。

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