春琴、ほんとうの名は鵙屋琴、大阪道修町の薬種商の生れで歿年は明治十九年十月十四日、墓は市内下寺町の浄土宗の某寺にある。
幕末から明治の大阪で、盲目の三味線の師匠・春琴と、彼女に一生をささげた奉公人の佐助の関係を描きます。わがままで気位の高い春琴に、佐助はどこまでも仕え続けます。句読点や改行をほとんど使わない文体で語られる、谷崎の代表作の一つです。
こんな人に
- 人に尽くすことと、相手に支配されることの境目が気になる人に
- 芸の道を極めようとする人の厳しさに惹かれる人に
- 語り手が古い記録をたどる、伝記仕立ての小説が好きな人に
あらすじ(ネタバレなし)
語り手の「私」は、『鵙屋春琴伝』という小冊子を手に入れ、大阪の寺にある春琴の墓と、その傍らに小さく建つ弟子の佐助の墓を訪ねます。そこから「私」は、伝記と、晩年の二人に仕えた老婦人の話をもとに、二人の生涯をたどっていきます。
春琴は道修町の薬種商・鵙屋の娘で、美しく利発な少女でしたが、九歳で視力を失い、琴や三味線の道に進みます。四つ年上の丁稚の佐助は、毎日彼女の手を引いて師匠の家まで送り迎えする役目を任されます。
やがて佐助もひそかに三味線を覚え、春琴の弟子になります。幼い師匠の稽古は容赦がなく、佐助が泣き出すほどでした。二十歳で独り立ちした春琴のもとで、佐助は弟子であり、手を引く世話係であり続けます。春琴の名声が上がるにつれ、その気位の高さは周りに少しずつ恨みの種をまいていきます。
主な登場人物
- 春琴
- 本名は鵙屋琴。薬種商の娘で、幼くして失明した琴三味線の師匠。気位が高く、わがまま。
- 佐助
- 鵙屋の丁稚で、春琴より四つ年上。春琴の手を引き、のちに弟子として仕える。墓の名は温井佐助。
- 私
- 語り手。古い伝記や聞き書きをもとに二人の生涯をたどる、後の時代の人物。
- 鴫沢てる
- 晩年の春琴と佐助に仕えた女性。伝記には書かれていない話を「私」に聞かせる。
- 春松検校
- 春琴が通った琴三味線の師匠。稽古の厳しさで知られる。
- 利太郎
- 雑穀商の息子で、春琴の弟子になる放蕩者。春琴の美しさに惹かれて近づく。
見どころ・おもしろいところ
伝記と証言を読み比べる語り
語り手は、春琴をたたえて書かれた伝記を引用しながら、それを老婦人の証言で確かめたり、疑ったりします。どこまでが事実でどこからが美化なのかを考えながら読むと、二人の姿が何層にも見えてきます。
厳しすぎる稽古の場面
子どもの春琴が年上の佐助に三味線を教える場面は、叱責と涙に満ちています。それでも佐助は離れようとしません。師弟、主従、恋人のどれともつかない関係が、この稽古の時期から形づくられていきます。
声を聞いて生きる人々
春琴は鶯を飼い、「天鼓」と名づけた一羽の鳴き声に耳を澄ませる日々を送ります。目の見えない人が音で世界を味わう様子が細やかに描かれ、物語の後半ではその感覚が大きな意味を持ってきます。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
句点も改行もほとんどない
本作は改行や句読点、かぎかっこを極力使わずに書かれ、数ページごとの空行のほかは改行がありません。文の切れ目を自分で補いながら読む必要があるので、声に出すつもりでゆっくり進むと意味がつかみやすくなります。
伝記の文語が混ざる
語り手はところどころで『鵙屋春琴伝』を引用し、その部分は文語で書かれています。細部がわからなくても先へ進んでよく、すぐあとに語り手がかみくだいて説明してくれます。
昭和8年の実験的な文体
『春琴抄』は1933年の『中央公論』6月号に発表され、同じ年の12月に創元社から「蘆刈」「顔世」と合わせて単行本になりました。初版の表紙には黒漆塗りと朱漆塗りの二種類があり、朱のほうはごく少数しか作られなかったとされています。
新潮文庫版では10行近く句点がないことも珍しくなく、作中で一度も改行を使っていないという徹底ぶりです。春琴のモデルには、谷崎が地唄を習っていた盲目の師匠の娘が擬せられています。
嘆息した川端、ためらった白鳥
発表当時、正宗白鳥は聖人でも一語も挟めないと感じたと絶賛しつつ、明日には自分がこういう文学を唾棄するかもしれないとも書きました。川端康成は言葉がないと評し、小林秀雄は特に心を動かされなかったと控えめな見方を示しています。
春琴の顔に熱湯を浴びせた人物が作中で明かされないため、犯人をめぐる推論は「お湯かけ論争」と呼ばれてきました。映画は1935年の田中絹代主演から1976年の山口百恵・三浦友和主演まで繰り返し作られ、舞台や三木稔作曲のオペラにもなっています。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
春琴は一度身ごもり、佐助によく似た子を産みますが、二人とも関係を認めず、子は里子に出されます。春琴が三十七歳のころ、言い寄って袖にされた弟子の利太郎を撥で打って額にけがをさせた一か月半ほど後、何者かが夜中に忍び込み、春琴の顔に熱湯を浴びせて火傷を負わせます。誰の仕業かは最後まで明かされません。
変わった顔を見られることを嫌う春琴のために、佐助は自分の目を針で突いて失明します。佐助はその後も結婚せず春琴に仕え、自らも琴台と号する師匠になります。春琴は明治十九年に脚気で亡くなり、佐助は二十一年後に八十三歳で亡くなりました。語り手は、佐助の行いをたたえた和尚の言葉を紹介し、その是非を読者に問いかけて物語を閉じます。
よくある疑問
- 『春琴抄』はどんな話?
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盲目の三味線の師匠・春琴と、生涯彼女に仕えた奉公人の佐助の物語です。二人の関係を、後の時代の語り手が伝記と聞き書きからたどります。
- 春琴にモデルはいる?
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谷崎が地唄の稽古を受けていた、盲目の三代目菊原琴治の娘・菊原初子が春琴のモデルに擬せられています。また発表後には、冒頭に出てくる二つの墓が実際にどこにあるのかという問い合わせが相次いだといいます。
- なぜ句読点が少ないの?
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改行や句読点、かぎかっこを極力省く実験的な文体で書かれているためです。初版では変体仮名も多く使われていましたが、後の版で通常の仮名に改められました。
- 『春琴抄』は無料で読める?
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著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。新字新仮名の版が公開されています。
