まじめな会社員の譲治が、カフェーで見初めた少女ナオミを引き取り、理想の妻に育てようとする話です。ところがナオミは思いもよらない女性に変わっていき、立場は少しずつ逆転します。「ナオミズム」という言葉を生んだ、谷崎の代表作の一つです。
こんな人に
- 人を思いどおりに育てようとして失敗したことがある人に
- わかっていてもやめられない気持ちを覗いてみたい人に
- 大正時代の洋風の暮らしやモダンな風俗に興味がある人に
あらすじ(ネタバレなし)
河合譲治は宇都宮生まれの電気技師です。質素でまじめな働きぶりから、会社では「君子」と呼ばれています。二十八歳になるまで女性と付き合ったことのない譲治には、一つの夢がありました。まだ世の中を知らない娘を引き取って教育し、ゆくゆくは妻にするというものです。
ある日、浅草のカフェーで、譲治は数えで十五歳の女給ナオミに出会います。西洋人のような顔立ちと、西洋風に聞こえる名前に惹かれた譲治は、彼女を引き取って大森の洋館で二人暮らしを始めます。最初は友達のように暮らそうという約束で、寝室も別でした。
譲治はナオミに英語などの稽古事をさせ、どこへ出しても恥ずかしくない女性に仕立てるつもりでした。しかしナオミは行儀が悪く、浪費家で飽きっぽく、注意すると泣いたりすねたりします。最後に謝るのは、いつも譲治のほうでした。やがて美しく成長していくナオミに、譲治の計画は思わぬ方向へ狂い始めます。
主な登場人物
- 河合譲治
- 語り手。宇都宮出身の電気技師で、まじめさから「君子」と呼ばれていた。ナオミを引き取る。
- ナオミ
- 浅草のカフェーの女給だった少女。本当の表記は「奈緒美」だが、作中では片仮名で書かれる。
- 熊谷
- ナオミが親しくしている若い男たちの一人。物語の半ばで譲治の嫉妬の的になる。
見どころ・おもしろいところ
立場が入れ替わっていく二人
はじめは譲治がナオミを教え、養う側にいます。ところがナオミが美しく、したたかになるにつれて、主導権が少しずつナオミの手に移っていきます。その変わり目を、譲治自身が後から振り返って語るところに独特のおかしみがあります。
西洋への憧れの描写
譲治はナオミを、無声映画の女優メアリー・ピックフォードに似ていると思い、西洋風の女性にしようとします。英語の稽古やダンスなど、大正時代の西洋かぶれの風俗が細かく描かれ、当時の都会の空気が伝わってきます。
譲治の弱さと正直さ
譲治は何度も腹を立て、決意し、そしてまたナオミに負けます。自分の愚かさを隠さずに書く語り口は、題名の「痴人」そのものです。読みながらあきれても、どこか笑えない気持ちになるはずです。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
語り手の言い分を割り引く
物語はすべて譲治の回想で、およそ七、八年前からの出来事を振り返る形になっています。譲治の目に映ったナオミしか描かれないので、彼の言い訳や思い込みを少し割り引いて読むと、ナオミの側の事情も想像できます。
前半はゆっくり進む
前半は二人のままごとのような暮らしや稽古事の話が続き、大きな事件はなかなか起きません。ナオミの小さな変化に注意して読むと、後半の展開への伏線として楽しめます。
新聞連載の中断と再開
『痴人の愛』は1924年3月から大阪朝日新聞に連載されましたが、6月で中断します。ナオミの奔放さに眉をひそめた読者からの強い反発を受けたためとされています。その後、雑誌『女性』が引き受け、同じ年の11月号から翌年7月号まで掲載されて完結しています。
谷崎は執筆前、西洋の影響の濃い横浜に住んでいましたが、関東大震災で関西へ移りました。大正の日本では、カフェーの女給やデパートの店員など、都会で働き自分で相手を選ぶ若い女性が現れていました。ナオミはそうした新しい女性像の典型として描かれています。
モダンガールとナオミズム
作品は「ナオミズム」という流行語を生み、モダンガールを象徴する存在として若い世代に受け入れられました。一方で年配の読者には、刺激が強すぎる作品と受け止められました。
1949年に京マチ子の主演で映画化されたのをはじめ、1967年には増村保造の監督で、時代を公開当時に移して映画になっています。英訳は1985年にアンソニー・チェンバースの訳で『Naomi』として出版され、山田詠美は本作へのオマージュとして『賢者の愛』を書きました。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
ナオミが何人もの男と親しく付き合っていることを知った譲治は、外出を禁じますが、熊谷との密会が発覚し、とうとうナオミを家から追い出します。しかし譲治はナオミが恋しくてたまらなくなり、彼女がダンスホールで知り合った男の家に泊まり、着飾って遊び歩いていると知ってあきれ果てます。
やがてナオミは荷物を取りに来るという口実で、ちょくちょく譲治の家に現れるようになります。ますます美しくなるナオミに譲治は抗えず、ついに全面的に降参します。譲治は会社を辞め、田舎の財産を売って横浜にナオミの望みどおりの家を買います。ナオミが外国の男たちと付き合いを重ねるかたわらで、譲治は何も反対せず、夫として暮らし続けます。
よくある疑問
- 『痴人の愛』はどんな話?
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まじめな男が少女を引き取って理想の妻に育てようとし、逆に彼女に支配されていく話です。語り手の男自身が、その経緯を振り返って語ります。
- ナオミにモデルはいる?
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当時の谷崎の妻・千代の妹である小林せい子がモデルとされています。谷崎は連載再開の断り書きで、この小説を一種の私小説だと書いています。
- 「ナオミズム」とは?
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この作品から生まれた言葉で、ナオミのように奔放で、男性を振り回す女性のありようを指します。作品は当時のモダンガールの姿を描いたものとしても読まれてきました。
- 『痴人の愛』は無料で読める?
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著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。新字新仮名の版が公開されています。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
