太平洋戦争の末期、フィリピンのレイテ島で、肺を病んだ一人の兵士が部隊からも病院からも追い出されます。食べるものもなく熱帯の山野をさまよう彼の目を通して、飢えと孤独の極限で人間に何が残るのかが描かれます。戦争文学の代表作の一つとされる中編です。
こんな人に
- 戦争を兵士一人の内側から見た小説を読みたい人に
- 追いつめられた人間の倫理や信仰について考えたい人に
- 張りつめた短めの長さで、重い主題に向き合いたい人に
あらすじ(ネタバレなし)
太平洋戦争の終わり近く、日本軍の劣勢がはっきりしてきたフィリピンのレイテ島が舞台です。一等兵の田村は肺を病み、部隊を追われます。ところが野戦病院では、食糧が足りないことを理由に入院を断られてしまいます。
島の人々はすでに日本軍を敵とみなしており、助けを求められる相手はいません。やがて米軍の砲撃で陣地は崩れ、誰からも見放された田村は、ひとりで熱帯の山や野をさまよい始めます。
飢えに苦しみながら歩き続けるうち、田村の中には、生きたいという抑えがたい思いと、どうしようもない孤独が募っていきます。そしてその孤独のなかで、かつて棄てたはずの神への関心が、ふたたび芽生えてきます。
主な登場人物
- 田村
- 語り手の一等兵。肺を病んで部隊を追われ、レイテ島の山中をひとりでさまよう。
見どころ・おもしろいところ
熱帯をさまよう孤独
大岡は、日常の目で戦争を書いた『俘虜記』では表しきれなかったものを書くため、この作品を幻想的な物語として構想しました。熱帯の自然のなかをひとり歩く兵士の心の混乱が、風景と重なるように描かれます。戦闘よりも、飢えと孤独の時間が物語の大半を占めています。
神をめぐる問い
極限の状況に置かれた田村は、子どものころに信じ、のちに棄てた神のことを考え始めます。生き延びることと神の問題がからみ合い、田村の内面の葛藤はどこまでも深くなっていきます。戦争小説でありながら、信仰と倫理を問う小説としても読めます。
文章の手本になった文体
作家の丸谷才一は『文章読本』で修辞の技法を説明するとき、例文をすべてこの作品とシェイクスピアから取りました。大岡はこの作品の原稿に何度も手を入れ、生涯にわたって気にかけていました。筋を追うだけでなく、一文ずつ味わって読める文章です。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
手記の形で語られる
物語は田村が自分の体験を語る形で進みます。語り手の田村は、飢えと孤独で心の均衡を失いかけている人物です。書かれていることをそのまま事実と受け取らず、語り手の心の揺れとして読むと流れがつかめます。
重い場面は覚悟して読む
殺人や死体、飢えの描写が続き、終盤には読むのがつらい場面もあります。極限での人間性の問題を描くための場面だと知っておくと、立ち止まりながらでも読み進めやすくなります。
『俘虜記』を補うために
大岡昇平は1948年から、自身の捕虜体験をもとにした『俘虜記』を発表していました。『野火』はその初稿を書いた直後に、『俘虜記』を補う作品として着想されています。日常の視点で書いた『俘虜記』とは逆に、こちらは作者の体験から離れた完全な創作です。
戦地での殺戮や孤独を描くため、大岡は主人公をあえて狂気に陥る人物に設定しました。また、エドガー・アラン・ポーの『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』が作品全体の枠になっていると書いています。大岡はこの作品への思い入れが特に強く、生涯にわたって気にかけていました。
二度映画になった戦争文学
『野火』は第3回読売文学賞の小説賞を受賞しました。1957年にはアイヴァン・モリスによる英訳が出て、モリスは序文で、戦争のおぞましさを描いた最も力強い記録の一つだと評しています。日本国外でも評価が高く、多くの言語に訳されています。
1959年には市川崑監督、船越英二主演で映画になり、ロカルノ国際映画祭でグランプリを受けました。2015年には塚本晋也が自ら監督・主演して新たに映画化し、ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品されています。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
さまよい続ける田村は、自分の孤独と向き合い、人を殺し、ついには人の肉を食べたいという欲求にまで直面します。やがて彼が目にするのは、同じ日本兵を狩り、その肉で生き延びようとするかつての戦友たちの姿でした。
神に救いを求めかけた田村の望みは、こうした現実によってことごとく断ち切られます。この世界は神の怒りの跡でしかないと考えるところまで追いつめられた田村は、狂気に陥っていきます。結末は、現実と夢の境があいまいな、抽象的な書き方で閉じられています。
よくある疑問
- 『野火』はどんな話?
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太平洋戦争末期のレイテ島で、病気のために部隊からも病院からも追われた兵士が、飢えながら山野をさまよう話です。極限状態での人間性と信仰の問題が描かれています。
- 実話がもとになっている?
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大岡昇平自身のフィリピンでの戦争体験が下敷きになっていますが、物語そのものは純然たるフィクションです。舞台のレイテ島での戦いは、1944年の終わりに実際にあったものです。
- タイトルの意味は?
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「野火」とは、春の初めに野原の枯れ草を焼く火のことです。英訳の題も Fires on the Plain(平原の火)となっています。
- 『俘虜記』とはどう違う?
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『俘虜記』は大岡が自分の捕虜体験を日常の視点で書いた作品です。『野火』は、その方法では書けなかった孤独や混乱を描くために構想された創作で、主人公も架空の人物です。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
