昭和12年の岡山の旧家で、婚礼の夜に新郎新婦が離れで死んでいるのが見つかります。庭には刀が突き立っているのに、雪の上には足跡がひとつもありません。名探偵金田一耕助が初めて登場する長編で、日本家屋での密室殺人の謎が描かれます。
こんな人に
- 雪の密室のような、ありえない状況の謎解きが好きな人に
- 古い家柄や村のしきたりが絡む話にひかれる人に
- 金田一耕助の事件を最初の一作から追ってみたい人に
あらすじ(ネタバレなし)
昭和12年11月、岡山県の農村。旧本陣の末裔である一柳家で、当主の賢蔵と久保克子の婚礼が開かれます。克子は小作農の出で、二人の結婚は家柄の違いを理由に強く反対されたものでした。式の2日前には、顔に傷のある右手が3本指の男が、村で一柳家への道を尋ねていました。
宴が終わった明け方、新郎新婦の寝所である離れから、悲鳴と琴をかき鳴らす音が響きます。人々が雨戸を壊して入ると、二人は布団の上で血まみれになって死んでいました。離れの中にはほかに誰もおらず、雪の積もった庭の中央に刀が突き立っていましたが、周りには足跡ひとつありません。
克子の叔父で育ての親でもある久保銀造は、自分が見込んで援助してきた若い探偵、金田一耕助を電報で呼び寄せます。金田一は一柳家の人々と言葉を交わしながら、雪に囲まれた離れの謎に向き合っていきます。
主な登場人物
- 金田一耕助
- 25、6歳の新進の私立探偵。着崩れた羽織袴姿で、パトロンの銀造に呼ばれて事件に挑む。
- 久保銀造
- 克子の叔父で育ての親。渡米して果樹園で成功し、金田一の学費や事務所の費用を出してきた。
- 久保克子
- 女学校の教師で、小作農の家の出。講演を頼んだことがきっかけで賢蔵と知り合う。
- 一柳賢蔵
- 一柳家の長男で当主。40歳。京都の大学で哲学を学んだ学者で、近寄りがたい謹厳な人物。
- 一柳糸子
- 賢蔵らの母。家柄が違いすぎるとして結婚に反対したが、最後は息子に折れる。
- 一柳三郎
- 三男。定職に就かず家にいて、本棚を埋めるほどの探偵小説を集めている。
- 一柳鈴子
- 次女。病弱で話にとりとめがないが、琴の演奏には天才的な腕を見せる。
見どころ・おもしろいところ
雪に囲まれた日本家屋の密室
それまで密室殺人は、日本家屋には向かないと考えられていました。本作は日本家屋での密室殺人を初めて描いた作品として知られています。雪に覆われた庭の中の離れという舞台が、誰がどう出入りしたのかという謎を際立たせます。
金田一耕助と磯川警部の初登場
のちに長短編77作で活躍する金田一耕助は、この作品で初めて登場します。25、6歳の着崩れた羽織袴姿の若者として現れ、のちに何度も組む磯川警部もここで顔をそろえます。シリーズを読み進めたい人にとって出発点になる一作です。
作中で交わされる密室談義
金田一は、探偵小説好きの三男・三郎と「探偵小説における密室殺人」について論じ合います。作中には『黄色い部屋の秘密』など海外の名作の名前がたびたび出てきます。作者が読み込んできた探偵小説への目配せとして読むと、また別の楽しみ方ができます。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
語り手は後から事件を集めた人
物語は、岡山に疎開した作者が人づてに聞いた話をまとめた、という形で語られます。証言や記録をもとに組み立てた語りなので、冒頭はしばらく前置きが続きます。語り手は事件の場に居合わせていないと知っておくと、落ち着いて読み進められます。
一柳家の人物が多い
一柳家には母の糸子と五人のきょうだいに加え、分家の良介夫婦、大叔父の伊兵衛、亡くなった父や叔父の話まで出てきます。長男賢蔵、三男三郎、次女鈴子の三人を軸に覚えておくと迷いにくくなります。
現場の配置は図で確かめる
作中では方角への言及がくり返され、事件現場の見取り図も添えられています。離れと庭と水車小屋の位置関係を図で確かめながら読むと、謎の中身がつかみやすくなります。
疎開先の岡山で生まれた密室
1945年、東京大空襲のあと、横溝は家族とともに岡山県岡田村に疎開しました。戦時中は探偵小説の発表が禁じられていましたが、横溝は終戦を機に本格探偵小説を書こうと決めます。神戸の友人から送られてくる海外の探偵小説を読み、田舎で静かに準備を重ねました。
村では、都会では死語に近い「家柄」という言葉が厳然と生きており、よそ者への警戒心も根強いことを知ります。この体験は作品に強い影響を与えました。また、復員してきた学生から岡山一中に伝わる琴の怪談を聞き、琴を小道具に使うことを思いつきます。
1946年、雑誌『宝石』の城昌幸編集長から長編を頼まれて書いたのが本作です。当初は6回・150枚の予定が、反響を受けて8回に延び、枚数も倍ほどになりました。
第1回探偵作家クラブ賞と横溝ブーム
完結後、江戸川乱歩は本作を細かく論じ、殺人の動機に読者を納得させるところが足りないと指摘しました。横溝もそこに不満があったため加筆し、それが決定稿になっています。本作は1948年、第1回探偵作家クラブ賞を受賞しました。
評価は一様ではなく、同じ時期の『蝶々殺人事件』を推す坂口安吾は、本作への授賞を厳しく批判しています。一方で『週刊文春』の東西ミステリーベスト100の国内編では、1985年版で7位、2012年版で10位に選ばれました。
1975年の映画化はATGの作品として初めて配給収入1億円を超え、のちの横溝ブームの先駆けとされています。2019年には初めて英訳が出版され、2023年には米『タイム』誌の史上最高のミステリー100冊にも選ばれました。
結末まで知りたい人へ
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金田一は庭木に打ち込まれた鎌や、明け方から動く水車に目をつけ、関係者の前で仕掛けを再現します。刀の鍔に通した琴糸を、琴柱や石灯籠を経て水車の車軸につなぐと、夜明けに水車が回って刀が欄間から引き出され、雪に刺さったあと糸は水車に巻き取られて消えるのでした。琴の音は、糸が竹に触れて鳴る音をごまかすためのものでした。
真相は、克子が処女でないと知った賢蔵が、反対を押し切った結婚を今さら取り消せず、克子を殺して自らも命を絶ち、それを他殺に見せかけたものでした。実験を目撃した三郎が協力し、「生涯の仇敵」の筋書きを加えていました。3本指の男は通りがかりに衰弱死した無関係の人物で、三郎の負傷も自作自演でした。
よくある疑問
- 『本陣殺人事件』はどんな話?
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婚礼の夜、雪に囲まれた離れで新郎新婦が死んでいるのが見つかり、足跡のない密室の謎を金田一耕助が解く話です。昭和12年の岡山の旧家が舞台です。
- 金田一耕助が初めて登場する作品?
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はい。金田一耕助シリーズの第1作で、金田一のデビュー作です。作者は当初この一作だけのつもりでしたが、連載中に次の作品を頼まれ、『獄門島』で再び登場させました。
- なぜ「本陣」という題なの?
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舞台の一柳家が、もとは近くの村で本陣を世襲していた家の末裔だからです。屋敷そのものは本陣ではありません。作者は最初『妖琴殺人事件』と題して原稿を送りましたが、戦前の作風を思わせるのを避け、電報で今の題に改めました。
- 一柳家にモデルはいる?
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横溝の妻・孝子によると、疎開先の岡山県岡田村にあった加藤家の本家がモデルです。この家はもと川辺村で本陣を構えていましたが、明治26年の高梁川の大氾濫で移ってきたとされています。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
