瀬戸内海べりの小さな村の分教場に、若い女性の先生が赴任します。そこで受け持った12人の1年生と先生のつながりを、昭和の初めから戦争が終わった翌年まで追いかけた長編です。戦争へ向かう時代が、子どもたちの暮らしと行く末を少しずつ変えていきます。
こんな人に
- 先生と教え子の長い付き合いを描いた話にひかれる人に
- 戦争がふつうの暮らしをどう変えたのかを知りたい人に
- ひとつの村の子どもたちが大人になるまでを見届けたい人に
あらすじ(ネタバレなし)
1928年(昭和3年)、女学校の師範科を出たばかりの大石久子は、島の岬にある分教場に正教員として赴任します。その春に入学したのは男子5人、女子7人の12人。一人ひとりの個性にかがやく二十四の瞳を前に、大石はこの瞳をにごしてはいけないと心に刻みます。
子どもたちはすぐに若く朗らかな先生になつき、「大石小石」から「小石先生」とあだ名をつけます。ところが、洋服を着て自転車で通う先生は、保守的な村の大人たちから「ハイカラ」だと敬遠され、ささいな誤解から面と向かってなじられることもありました。それでも子どもたちは、いつも先生の味方でした。
ある日、大石は子どもたちが作った落とし穴に落ちて、アキレス腱を切ってしまいます。自転車に乗れず分教場へ通えなくなった大石は、本校へ移ることになり、再会を約束して岬を去ります。4年後の1932年、5年生になって本校へ通い始めた子どもたちと大石は再び顔を合わせますが、不景気と戦争の続く世の中は、それぞれの家に影を落とし始めていました。
主な登場人物
- 大石久子(おなご先生)
- 女学校を出て岬の分教場に赴任した正教員。子どもたちからは「小石先生」と呼ばれる。
- 女子の7人
- 加部小ツル、片桐コトエ、香川マスノ、川本松江、木下富士子、西口ミサ子、山石早苗。
- 男子の5人
- 相沢仁太、岡田磯吉、森岡正、竹下竹一、徳田吉次。12人はみな同じ年に入学した同級生。
- 村の大人たち
- 洋服で自転車に乗る大石を「ハイカラ」と見て、はじめは距離を置く保守的な人々。
- 大石の夫
- 本校に移ったあとに大石が結婚する相手で、船乗りをしている。
見どころ・おもしろいところ
子どもたちと「小石先生」
分教場の12人は、着任したばかりの大石にすぐなつき、あだ名をつけて慕います。先生が来られなくなったときの子どもたちの姿を見て、村の大人たちの態度もやわらいでいきます。先生と子どもたちの間に生まれた信頼が、長い物語の土台になります。
教室に入り込む時代の空気
子どもたちが本校に通うころ、昭和恐慌や東北の凶作、満洲事変が続き、村の家々の暮らしは苦しくなっていきます。やがて「アカ」というレッテル貼りが広がり、学校では忠君愛国が重んじられるようになります。大きな歴史の出来事が、教え子たちの家庭の事情として見えてくるのがこの作品の書き方です。
18年を見つめる一人の先生
物語は1928年から1946年まで、昭和の戦前期から終戦の翌年までを描きます。読者は大石の目を通して、1年生だった子どもたちが少年少女になり、やがて大人になるまでを見届けることになります。同じ顔ぶれを長く追いかけるからこそ、時代の変化がはっきり伝わります。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
12人の名前が覚えにくい
子どもは12人いて、最初のうちはだれがだれか混乱しがちです。男子5人と女子7人に分けて、上の登場人物の名前を見ながら読むと追いやすくなります。
時間が何年もとんで進む
物語は1928年の入学から始まり、1932年、1934年、1941年と、数年ずつ時間をとばして進みます。場面が変わったら、まず何年の話なのかと子どもたちが何年生なのかを確かめると、置いていかれずにすみます。
本文に「小豆島」は出てこない
映画で知った人は小豆島の話として読み始めますが、小説の舞台は「瀬戸内海べりの一寒村」とされているだけで、具体的な地名は一つも出てきません。このことを知っておくと、映画との違いに戸惑わずにすみます。
戦後7年目に書かれた教室の物語
『二十四の瞳』は、第二次世界大戦の終結から7年後の1952年に発表されました。作者の壺井栄は、自分も戦時中を生きた者として、戦争が一般の人々にもたらした苦難と悲劇を描いています。初出はキリスト教の雑誌『ニュー・エイジ』で、同じ年の12月に光文社から本になりました。
壺井はもともと、両親のそろった家庭に育つ12人の子どもを、一人ひとりの視点から描く童話を書くつもりでした。しかし戦争で父親を亡くす家庭が出るなど世の中が変わり、小さな村に生まれてさまざまな運命を背負う12人の話として、この小説を書くことにしたとされています。
映画が結びつけた小豆島
発表の2年後の1954年、木下惠介の監督、高峰秀子の主演で映画になりました。このとき、壺井の故郷が香川県の小豆島であることから、物語の舞台が小豆島に設定されています。以後の映像化でも小豆島が舞台とされたため、原作には書かれていない島の名前が作品と強く結びつきました。
1987年には木下惠介の脚本で再び映画化され、テレビドラマやテレビアニメ、舞台、ラジオの朗読にもなっています。文庫は1957年に新潮文庫、1961年に角川文庫から出ました。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
1934年、自由にものが言えなくなっていく学校に不安を覚えた大石は、船乗りの夫の子を身ごもったこともあり、教え子の卒業とともに教職を辞めます。1941年、三児の母となった大石は、徴兵検査に来た男子の教え子たちと町で出会い、海軍に配属された教え子に、名誉の戦死などせず生きて帰るよう声をひそめて伝えます。その年の12月に太平洋戦争が始まりました。
1946年、夫を海戦で失い、母と末の娘も亡くした大石は、代用教員として教壇に戻り、涙もろさから「泣きミソ先生」と呼ばれます。母校の教師になった早苗の呼びかけで、消息のわかる教え子たちが大石を囲みます。仁太、正、竹一は戦死し、コトエは病死、富士子は行方知れず、磯吉は戦場で失明していました。皆で1年生のときの写真を見る場で、磯吉は一人ひとりの名を呼びながら写真の顔を指さしますが、その指は少しずつずれていました。マスノが「荒城の月」を歌うなか、大石はほほえみながら肩を抱き、涙を流します。
よくある疑問
- 『二十四の瞳』はどんな話?
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岬の分教場に赴任した女性教師と、その年に入学した12人の子どもたちの18年間を描いた話です。戦争へ向かう時代のなかで、先生と教え子たちが味わう苦難と悲しみが描かれます。
- タイトルの「二十四の瞳」の意味は?
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分教場に入学した12人の子どもたちの、合わせて24の瞳のことです。物語の冒頭で、大石先生は子どもたちの瞳を前に、この瞳をにごしてはいけないと感じます。
- 舞台は小豆島?
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小説の中では「瀬戸内海べりの一寒村」とされているだけで、地名は出てきません。1954年の映画化の際、作者の故郷である小豆島が舞台に設定され、その後の映像化でも同じだったため、小豆島の物語として広く知られるようになりました。
- 『二十四の瞳』は無料で読める?
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著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。新字新仮名の版が公開されています。
