私は、その男の写真を三葉、見たことがある。
人を恐れながら、それを悟られまいと道化を演じ続けた男が、幼いころから青年期までの人生を自分の手記で語ります。酒や女性関係に溺れて追い詰められていく姿が、三つの手記とそれを包む前後の文章という形で描かれます。
こんな人に
- 人前で明るくふるまうことに疲れた経験がある人に
- 周りとうまく話を合わせられない自分に悩んだ人に
- 一人の人間の告白をじっくり聞くような読書をしたい人に
あらすじ(ネタバレなし)
物語は、ある「私」が一人の男の写真を三枚見比べる場面から始まります。子どものころ、学生時代、そして年齢のわからない奇妙な一枚です。続いて、その男、大庭葉蔵が書いた三冊の手記が並びます。
東北の裕福な家の末息子に生まれた葉蔵は、人間の暮らしというものが見当もつかず、周りの人が何を考えているのかを恐れています。本心を知られないために、彼が選んだのは家族や使用人の前でおどけてみせることでした。中学校では、その道化を見抜かれそうになって震え上がります。
やがて上京した葉蔵は、画塾で知り合った年上の堀木から、酒と煙草と遊びと左翼思想を教わります。どれも人間への恐怖をひととき忘れさせてくれるものでしたが、そこから葉蔵の生活は少しずつ、取り返しのつかない方向へ流れていきます。
主な登場人物
- 大庭葉蔵
- 主人公で、手記の書き手。手記の中では一人称に「自分」を使う。画家を夢見ていた。
- 私
- はしがきとあとがきの語り手。京橋のバーのマダムから葉蔵の手記と写真を受け取る。
- 竹一
- 中学校の同級生。葉蔵の道化を見抜き、二つの予言をする。
- 堀木正雄
- 画塾で知り合った六つ年上の遊び仲間。浅草育ちで、葉蔵に酒や遊びを教える。
- ヒラメ
- 父と付き合いのある古物商で、葉蔵の保証人。眼つきが鮃に似ているので父がそう呼んだ。
- シヅ子
- 雑誌の記者で、夫と死別した女性。葉蔵に漫画の仕事を勧める。娘はシゲ子。
- ヨシ子
- バーの向かいの煙草屋の娘。人を疑うことを知らない無垢な女性。
見どころ・おもしろいところ
外枠の「私」と三冊の手記
作品は「はしがき」と「あとがき」を「私」が書き、その間に葉蔵の手記が挟まる形になっています。葉蔵自身の語りと、他人から見た葉蔵の両方が示されるので、手記を読み終えたあとで、彼がどういう人間だったのかを改めて考えさせられます。
道化という生き方
葉蔵は人を笑わせることで、自分の本心を隠して生きようとします。道化が見抜かれる恐怖が、第二の手記の中学校の場面でくっきり描かれます。人に合わせて笑ったことのある人なら、思い当たるところがあるかもしれません。
竹一の二つの予言
中学校の同級生の竹一は、葉蔵について二つのことを言い当てようとします。第三の手記はその予言の当たり外れを振り返るところから始まり、物語の先行きを暗示します。予言が出てきたら、覚えておくと後半が読みやすくなります。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
似た名前の女性が続く
葉蔵の前にはツネ子、シヅ子、シゲ子、ヨシ子と、似た響きの名前の女性が次々に現れます。第二の手記と第三の手記で相手が変わるので、どの手記の誰かを意識して読むと混乱しません。
明るい話は出てこない
手記は終始、葉蔵の不安と自己嫌悪の告白で進み、気持ちが晴れる展開はほとんどありません。三つの手記を一冊ずつ区切って読むと、重さに押しつぶされずに最後までたどり着けます。
書き上げてひと月後の死
太宰は1948年3月に本作を書き始め、大宮に滞在して5月12日に脱稿しました。その一か月後の6月13日、山崎富栄とともに玉川上水で入水自殺しています。作品は雑誌『展望』に3回にわたって掲載され、同じ年の7月に筑摩書房から『グッド・バイ』と合わせて刊行されました。
構想は古く、1940年の短編『俗天使』に、いずれ「人間失格」という題で書くつもりだという一節があります。主人公の名前の大庭葉蔵も、1935年の『道化の華』にすでに登場しています。1998年には遺族が157枚におよぶ草稿を見つけ、言葉を何度も練り直した跡が明らかになりました。
こころと並ぶ売れ行き
新潮文庫版だけで累計670万部を超え、夏目漱石の『こころ』と何十年も部数を争ってきた作品です。ドナルド・キーンによる英訳もよく知られています。
2007年には集英社文庫が漫画家の小畑健の表紙で新装版を出し、発売から1か月半で7万5千部という、近代文学としては異例の売れ方をしました。その後、テレビアニメや初の映画化、漫画化もされ、海外の読者からは少年への性的虐待を描いた小説として読まれることもあると指摘されています。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
高等学校時代、葉蔵はカフェの女給ツネ子と鎌倉の海で心中を図り、ツネ子だけが死にます。学校を追われた葉蔵は、シヅ子の家に転がり込んで漫画で暮らし、やがてヨシ子と結婚して一時の幸福を得ます。しかしヨシ子が出入りの商人に襲われたことで葉蔵は深く絶望し、酒に溺れ、睡眠薬で再び死のうとします。喀血のあとはモルヒネに頼って中毒になり、ヒラメと堀木に精神病棟へ入れられます。葉蔵は、自分は人間を失格したのだと確信します。故郷に引き取られた葉蔵は、まだ二十七歳なのに四十以上に見られると語って手記を終えます。
あとがきでは、「私」がマダムに葉蔵の消息を尋ねますが、わからないと言われます。マダムは、葉蔵は神様みたいないい子だったと語ります。
よくある疑問
- 『人間失格』はどんな話?
-
人を恐れて道化を演じてきた男が、自分の生涯を三冊の手記に告白する話です。酒や女性関係、薬に溺れて追い詰められていく過程が描かれます。
- 『人間失格』は太宰治の実話?
-
形は私小説風のフィクションですが、主人公の過去には太宰自身の人生が色濃く反映されていると考えられています。ただし、どこまでが事実かは不明な部分が多いとされています。
- 『人間失格』は太宰治の遺書なの?
-
連載の最終回が出る前に太宰が亡くなったため、遺書のような作品と考えられてきました。しかし遺族が見つけた草稿には何度も推敲した跡があり、練り上げたフィクションとして書かれたことがわかっています。
- 『人間失格』は無料で読める?
-
著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。新字新仮名の版が公開されています。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
