桜の森の満開の下

桜の森の満開の下坂口安吾
発表
1947年(昭和22年)
初出
単行本『いづこへ』(真光社、1947年5月)に収録、同年6月に雑誌『肉体』創刊号に掲載
形式・長さ
小説・短編
手ごわさ
すぐ読める
桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子をたべて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。
書き出し

青空文庫で無料で読むAmazon で本を探す

ひとことで言うと

昔、鈴鹿峠に住みついた山賊は、山のすべてを自分のものと思いながら、満開の桜の森だけを恐れていました。ある春、旅人から奪った美しい女を女房にしたことから、山賊の暮らしは女の言いなりに変わっていきます。昔話のような語り口で、美しさと残酷さが溶けあう幻想的な物語です。

こんな人に

  • 満開の桜を見て、ふと怖さを感じたことがある人に
  • 美しいものに振り回される人間の話に惹かれる人に
  • 昔話の形をした、大人のための怪奇譚を読みたい人に

あらすじ(ネタバレなし)

昔、鈴鹿峠には桜の森があり、花の季節に下を通る旅人はみな気が変になったといいます。やがてその峠に一人の山賊が住みつきました。旅人を身ぐるみはがし、気に入った女は女房にしてしまう男です。この山も谷も自分のものだと思っていましたが、桜の森の満開の下だけは恐ろしく、近寄れずにいました。

ある春の日、山賊は都からの旅人を殺し、連れていた美しい女を女房にします。亭主を殺された女は、少しも山賊を恐れず、あれこれと指図をします。そして山賊の家にいた七人の女房を殺させ、足の不自由な女だけを女中として残しました。

山賊が獲物を貢いでも、女はいっこうに満足しません。わがままな女はやがて都を恋しがり、山賊は女とともに山を下りて、なじみのない都で暮らしはじめます。そこで女が始めたのは、山賊でさえ嫌気がさすほどの恐ろしい遊びでした。

主な登場人物

山賊
鈴鹿峠に住む男。名前はない。山を自分のものと思うが、満開の桜だけを恐れる。
女
都から来た美しい女。亭主を殺されても動じず、山賊を思いのままに動かす。
足の不自由な女
山賊のもとの女房の一人。殺されずに残され、女の女中として仕える。
女の亭主
女を連れて峠を通りかかった旅人。冒頭で山賊に殺される。

見どころ・おもしろいところ

  1. 花見は嘘だと言う語り手

    物語は、桜の下で浮かれる花見は嘘だという語り手の言葉で始まります。人がいなければ桜の下は恐ろしいという見方を最初に示されるので、読者は満開の桜を見る目をはじめから揺さぶられます。

  2. 山賊と女の奇妙な関係

    力では誰にも負けない山賊が、女の一言で何でもしてしまいます。恐れているのに離れられない二人の関係は、残酷な女王に仕える男という古くからの物語の型を思わせ、泉鏡花の『高野聖』などとも通じると指摘されています。

  3. 都になじめない山賊

    山を下りた山賊は、都の人々や暮らしにどうしてもなじめません。山の男の目から見た都の退屈さや奇妙さが、素朴な言葉で語られ、女と山賊のすれ違いが少しずつ大きくなっていきます。

つまずきやすい所と、読み通すコツ

冒頭の前置きを越える

最初の段落は、花見や能の話をめぐる語り手のおしゃべりです。本筋は「昔、鈴鹿峠に」から始まるので、前置きは桜の見方を示す導入として軽く読み流してかまいません。

残酷な場面への心構え

人を殺す場面や、女の恐ろしい遊びが生々しく描かれます。安吾は現実味を避けるために説話の形をとったと解説されているので、昔話を聞くような距離をとって読むと受け止めやすくなります。

空襲の記憶とカストリ雑誌

安吾は1953年のエッセイ「桜の花ざかり」で、東京大空襲の死者を上野の山で焼いたとき、桜が満開だったと振り返っています。人けのない森を風だけが吹き抜けるその光景が、執筆の2年前に見た原風景になったとされます。

作品はもともと雑誌『新潮』に載る予定でした。しかし残酷な人殺しの場面があるため、GHQの言論統制を恐れた編集長に断られ、発表の場はいわゆるカストリ雑誌の『肉体』になりました。この雑誌は1948年8月、全5冊で廃刊になっています。

死後に高まった評価

発表当時はあまり注目されず、安吾の死後に称賛されるようになった作品です。奥野健男は『白痴』などとともにこの作品を挙げ、坂口文学の最高峰と評しました。福田恆存は、人間存在の本質につきまとう悲哀を描こうとした作品だと解説しています。

1975年には篠田正浩監督、岩下志麻と若山富三郎の出演、武満徹の音楽で映画になりました。1989年には野田秀樹が、この作品と「夜長姫と耳男」などを下敷きに『贋作・桜の森の満開の下』を上演しています。英語にはジェイ・ルービンが翻訳しました。

結末まで知りたい人へ

ネタバレを含むあらすじを開く

都で女が熱中したのは、山賊に次々と人の首を狩ってこさせ、それを並べて遊ぶ首遊びでした。きりのない遊びと都の暮らしに嫌気がさした山賊は山へ帰ると決め、女も首をあきらめてついていきます。女は出がけに、足の不自由な女へ、じきに帰るから待っておいでとひそかに言い残しました。

女を背負って戻った山は、桜の森が満開でした。うれしさにためらわず花の下へ入った山賊が振り返ると、背中の女は紫色の顔をした大きな老婆の鬼に変わり、首を絞めてきます。必死で鬼の首を絞め返し、我に返ると、もとの女が花びらにまみれて死んでいました。山賊は声を上げて泣き、女に触れようとしますが、女はただの花びらになり、山賊自身の体も消えて、あとには花びらと冷たい虚空が残るばかりでした。

よくある疑問

『桜の森の満開の下』はどんな話?

満開の桜の森を恐れる山賊が、美しく残酷な女を女房にし、その言いなりになっていく話です。昔話のような語り口で描かれた幻想的な怪奇物語です。

書かれたきっかけは?

安吾は後のエッセイで、東京大空襲の死者を上野の山に集めて焼いたとき、桜が満開で、人けのない森に恐ろしい静けさが張りつめていたと書いています。執筆の2年前に目にしたこの光景が、作品の原風景になったとされています。

舞台になった場所は実在する?

物語の舞台は鈴鹿峠です。1975年の映画では、桜の場面がヤマザクラの名所である奈良の吉野山で撮影されました。

『桜の森の満開の下』は無料で読める?

著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。新字新仮名の版が公開されています。

出典

あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。

Let's share this post !