坂口安吾
1906年〜1955年・日本
終戦の翌年に発表した評論『堕落論』と小説『白痴』で、一躍時代の寵児となった作家です。太宰治や織田作之助らとともに「無頼派」と呼ばれました。純文学のほか、歴史小説、推理小説、随筆、囲碁や将棋の観戦記まで、幅広い分野で書き続けた人でもあります。
最初の一冊
昔話のような語り口で読みやすい短編でありながら、人間の孤独を見つめる安吾らしさが詰まった、代表作の一つだからです。
「偉大なる落伍者」を目指して
新潟市で、衆議院議員の父のもと、13人きょうだいの12番目として生まれました。本名は炳五です。中学では授業に出なくなって落第し、漢文の教師から「暗吾」と名のれと言われたことが、「安吾」という名の由来とされています。机の蓋の裏に、偉大なる落伍者となっていつか歴史のなかによみがえる、と彫ったという逸話も自ら書いています。
代用教員を経て東洋大学で仏教を学び、猛勉強のあまり神経衰弱に陥りますが、語学に打ちこんで乗り越えました。戦前はナンセンスな作品『風博士』で注目されたあと、長い低迷を経験します。戦後の1946年、『堕落論』『白痴』が大きな反響を呼び、人気作家になりました。その後は薬の常用から心を病む時期もありながら書き続け、1955年、48歳で脳出血のため亡くなりました。
多彩で型破りな書き手
推理小説では『不連続殺人事件』、歴史小説では黒田如水を主人公にした『二流の人』が知られています。芥川賞の選考委員も務め、松本清張らを推しました。一方で、気まぐれに放り出された未完や未発表の作品も多く、器用な小説家とはいえないとも評されます。
それでも、その作風には独特の不思議な魅力があり、「がらんどう」のような風格を持つまれな作家だといわれます。随筆家としての評価も高く、自伝的な小説群からは、無頼な行状の一方でまじめに生きた人柄が読み取れるとされています。
