- 原題
- Madame Bovary
- 発表
- 1856年(雑誌連載)、1857年(単行本)
- 初出
- 文芸誌『パリ評論』1856年10月号〜12月号に連載。1857年4月にレヴィ書房から刊行
- 形式・長さ
- 小説・長編
- 手ごわさ
- ふつう
- 書棚
- ヨーロッパの文学
小説のような恋と華やかな暮らしに憧れて田舎医者と結婚したエマが、平凡な毎日に失望し、恋と浪費に身をゆだねていく物語です。フローベールは約4年半をかけて文章を練り上げ、発表直後には風紀を乱すとして起訴されるという騒ぎも起きました。
こんな人に
- 思い描いていた暮らしと現実の差に、ため息をついたことがある人に
- 派手な事件より、人の心の動きを細かく追う小説が好きな人に
- 一文一文がどう書かれているかを味わいながら読みたい人に
あらすじ(ネタバレなし)
ルーアンの学校に、内気な田舎の少年シャルル・ボヴァリーが転入してきます。まじめだけが取り柄の彼は医学校へ進み、トストという町で開業医になります。最初の妻を亡くしたシャルルは、往診で知り合った農場主ルオーの一人娘エマに惹かれ、結婚します。
エマは修道院の寄宿学校で育ち、小説を読んではロマンティックな恋の空想にふける娘でした。けれども実際の結婚生活には、思い描いていた情熱も幸福も見つかりません。ある日、夫婦で侯爵家の舞踏会に招かれたことで、エマは華やかな世界を知り、自分の平凡な家庭と凡庸な夫がますます疎ましくなります。
妻の不調を土地のせいだと考えたシャルルは、ヨンヴィル・ラベーという村へ移る決心をします。新しい村では、おしゃべりな薬剤師オメーや、その家に下宿する若い書記レオンとの出会いが待っていました。
主な登場人物
- エマ・ボヴァリー
- 主人公。農場主の娘で、修道院の寄宿学校育ち。訳によっては「エンマ」と表記される。
- シャルル・ボヴァリー
- エマの夫で田舎の医者。善良で妻を大切にするが、凡庸で話もおもしろくない。
- オメー
- ヨンヴィル村の薬剤師。新しい知識をひけらかす俗物で、何かと口を出す。
- レオン・デュピュイ
- オメーの家に下宿する公証人の書記。文学や音楽の話でエマと気が合う青年。
- ロドルフ・ブーランジェ
- 近くに屋敷を持つ資産家の田舎紳士。女性の扱いに慣れた遊び人。
- ルウルー
- ヨンヴィルとルーアンを行き来する商人。品物をつけで売り、高利で金を貸す。
見どころ・おもしろいところ
文体で支える「何でもない本」
フローベールは執筆中、この作品を外の何ものにも頼らず文体の力だけで成り立つ本にしたいと書き残しています。ナボコフは、詩のすべき仕事を散文がしていると評しました。筋の起伏より、一文ごとの描写の正確さを味わうと読みどころが見えてきます。
人物の心に寄り添う語り
地の文が、いつのまにかエマ自身の心の声のように聞こえてくる書き方が多く使われています。自由間接話法と呼ばれるこの技法のおかげで、読者はエマを外から眺めつつ、その苛立ちを内側からも感じることになります。
オメーという人物
薬剤師オメーは、流行の科学や進歩を口にしながら中身は俗物という人物です。悲劇の脇で生き生きと立ち回る彼の存在が、物語に皮肉なおかしみを加えています。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
冒頭はシャルルの話から
題はボヴァリー夫人ですが、物語は夫シャルルの少年時代から始まり、最初の結婚まで描かれます。エマが登場するまでは前置きと割り切って読み進めると、エマの目に映る夫の姿がよくわかります。
三部構成でゆっくり進む
全体は三部に分かれ、第一部が結婚と幻滅、第二部がヨンヴィルでの暮らし、第三部がルーアンを舞台にした後半です。大きな事件の少ない日常の描写が続くので、場面の細部やエマの心の揺れを楽しむつもりで読むと退屈しません。
4年半の推敲と裁判
『ボヴァリー夫人』は、35歳のフローベールが世に出した事実上のデビュー作です。若いころの作品を友人たちに「火にくべるべきだ」と酷評されたあと、彼は1851年9月から執筆に取りかかりました。完成までの約4年半、恋人ルイーズ・コレへの手紙に推敲の様子を書き送っています。
1856年に『パリ評論』へ連載されると、翌年1月、公衆道徳と宗教への侮辱の罪で起訴されます。2月に無罪となったことがかえって宣伝になり、4月に本が出るとたちまちベストセラーになりました。舞台のルーアンは作者の故郷で、ヨンヴィル・ラベーは近くの村リーがモデルとされています。
「リアリズムの父」と呼ばれて
当時の書評には厳しいものも多く、批評家サント=ブーヴはフローベールの文章を外科医のメスにたとえました。詩人ボードレールは好意的な評を書き、エマに作者自身が映っていることをいち早く見抜いています。
写実主義を嫌っていたフローベールの意に反して、この作品は写実主義の傑作とされ、彼は「リアリズムの父」と呼ばれるようになりました。人物の視点に寄り添う書き方は、のちのジェイムズ・ジョイスらの前衛的な小説の先駆けとも位置づけられています。ジャン・ルノワール監督をはじめ何度も映画化され、オペラにもなっています。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
エマはロドルフと関係を持ち、駆け落ちを迫りますが、ロドルフは別れの手紙を残して去ります。その後ルーアンで再会したレオンと恋をよみがえらせ、ピアノの稽古を口実に毎週会うようになります。その間も商人ルウルーからつけで品物を買い続け、借金は膨らむ一方でした。
ついに差し押さえの通知が届き、レオンにもロドルフにも金を断られたエマは、薬剤師の家で砒素を飲んで死にます。最期の瞬間、外から物乞いの卑猥な歌が聞こえてきました。借金に苦しむシャルルはのちに妻の不貞の手紙を見つけ、エマの遺髪を握ったまま急死します。娘のベルタは工場へ働きに出され、一方の薬剤師オメーは念願の勲章を手に入れます。
よくある疑問
- 『ボヴァリー夫人』はどんな話?
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田舎医者の妻エマが、平凡な結婚生活に退屈して恋愛と贅沢に走り、借金に追い詰められていく話です。
- 実際の事件がもとになっている?
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友人マクシム・デュ・カンは、フローベールの父の弟子だった軍医ドラマールの若い妻の事件がモデルだと証言しています。ただしこの証言には矛盾も見つかっており、信頼性が疑われています。
- 「ボヴァリー夫人は私だ」とは?
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フローベールがそう言ったとされる有名な逸話です。エマの憧れに作者自身の資質が映っているという見方とあわせて語られてきましたが、本人の言葉として確かかどうかは疑問視されています。手紙では、自分の感情や生活は何も入れていないとも書いています。
- 「ボヴァリスム」とは?
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この小説から生まれた言葉で、現実の自分とは違う自分を思い描き、それを実現できずに苛立つ心の状態を指します。日本の辞書にも載っています。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
