ギュスターヴ・フローベール

ギュスターヴ・フローベール

Gustave Flaubert

1821年〜1880年・フランス

どんな作家?

19世紀フランスの小説家で、『ボヴァリー夫人』によって文学上の写実主義を確立した人です。作品ごとに膨大な資料を読み、一文一文を練り上げたため作品の数は多くありません。その姿から「文学の修道士」とも呼ばれました。

最初の一冊

ボヴァリー夫人フローベールボヴァリー夫人フローベール・長編

4年半をかけて文体を磨き上げた代表作で、平凡な田舎の暮らしを正確な描写で描くフローベールの書き方がもっともよく表れているからです。

クロワッセに籠もった作家

ノルマンディーのルーアンで、市立病院の院長を務める外科医の次男として生まれました。9歳のころから物語を書き、ユゴーやデュマを読みふけって作家を夢見ます。父の勧めでパリ大学の法学部に進みますが、1844年に発作で倒れ、法律の勉強をあきらめました。父がルーアン近郊のクロワッセに建てた館で、彼は執筆に専念する生活に入ります。

1857年の『ボヴァリー夫人』で名を上げたあとも、『サランボー』『感情教育』『三つの物語』と、数年に一作のペースで書き続けました。自信作の『感情教育』が批評家に理解されず、晩年は姪の夫の破産で生活にも苦しみます。1880年、『ブヴァールとペキュシェ』を書きかけたままクロワッセの自宅で亡くなりました。

作者を消す文体

フローベールは作品から作者の主観を排除し、客観的で精密な文章で人物を描くことを信条としました。卑近な題材を精緻な客観描写で作り上げる方法は、ゾラや、晩年に愛弟子としたモーパッサンに引き継がれ、自然主義の流れを用意します。

徹底した推敲によって作品をそれ自体で成り立たせようとした姿勢から、のちにはカフカやプルーストに連なる現代文学の先駆者とも位置づけられました。カフカは青年期から『感情教育』を愛読していたと伝えられ、サルトルも未完の大部の評論『家の馬鹿息子』でフローベールを論じています。

フローベールの作品