- 原題
- Шинель
- 発表
- 1842年
- 形式・長さ
- 小説・短編
- 手ごわさ
- すぐ読める
- 書棚
- ロシア文学
ペテルブルクの役所で書類を写し続ける貧しい下級役人が、すり切れた外套をあきらめ、新しい外套を手に入れるまでの話です。誰にも目を留められなかった男にとって、一着の外套が人生の大事件になります。笑いと哀れみが同じ文章に同居する、ロシア文学の出発点とされる短編です。
こんな人に
- 地味な主人公のささやかな喜びに肩入れしたくなる人に
- 笑える話なのに読後に胸が詰まる小説が好きな人に
- ロシア文学をまず短いもので試してみたい人に
あらすじ(ネタバレなし)
ペテルブルクのある役所に、アカーキイ・アカーキエウィッチという万年九等官が勤めています。仕事は書類の清書で、一字も書きそこなわないほど真面目ですが、出世とも楽しみとも縁がありません。若い同僚たちは彼をからかい、つぎはぎだらけの外套を「半纏」と呼んで笑いものにしています。
ペテルブルクの冬の寒さに耐えかねて、アカーキイは古い外套を仕立屋ペトローヴィッチのところへ持ち込みます。ところが仕立屋は、もう繕いようがないと言い、新しく作るしかないと告げます。年に四百ルーブルの俸給しかないアカーキイにとって、それは途方もない出費でした。
アカーキイは毎晩のお茶をやめ、夜はローソクもともさずに、少しずつ金を貯めはじめます。新しい外套のことを考えるだけで、彼の単調な毎日に初めて張り合いが生まれます。やがて外套が仕立て上がり、役所は思いがけない騒ぎになります。
主な登場人物
- アカーキイ・アカーキエウィッチ・バシマチキン
- 主人公の下級役人。名と父称が同じ名前で、作中ではほぼこの二語で呼ばれる。
- ペトローヴィッチ
- アカーキイの外套を仕立てる仕立屋。片目で酒好き。もとは農奴だった。
- 有力な人物
- アカーキイが助けを求めに行く高官。作中で名前は明かされず、この呼び名で通される。
- 役所の同僚たち
- アカーキイをからかう若い役人たち。新しい外套を見ると態度を変える。
見どころ・おもしろいところ
外套ひとつに賭けた日々
金を貯めるあいだ、アカーキイは仕立屋と何度も会って生地や襟を相談します。外套が人生の目標になると、清書のことしか頭になかった男の顔つきまで変わっていきます。小さな望みに全身で打ち込む姿が、おかしくもあり、いじらしくもあります。
からかいが止まる一場面
同僚にからかわれたアカーキイが、かまわないでほしいと言い返す場面があります。その言葉に打たれた若い役人は、以後その声を忘れられなくなります。笑いの調子が急に変わるこの箇所は「人道主義的箇所」と呼ばれ、作品を論じるときによく取り上げられます。
おしゃべりな語り手
語り手は、役所の名前を伏せる理由や、主人公の名前の由来を長々と話してから本題に入ります。脇道にそれる語りそのものが笑いを生むので、話の筋だけでなく語り口を楽しむつもりで読むと味わいが増します。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
名前の長さに驚かない
主人公は「アカーキイ・アカーキエウィッチ」と、名と父称を並べて呼ばれ続けます。ロシアでは名と父称で呼ぶのが丁寧な呼び方で、彼の場合は父と同じ名前を付けられたため同じ音が二度続きます。一人の人物の呼び名だとわかれば、あとは迷いません。
冒頭の脱線は聞き流す
書き出しは役所の話から名前の由来、洗礼の場面へと脇道が続き、なかなか外套が出てきません。外套の話は仕立屋を訪ねるところから本格的に動きます。冒頭は語り手の世間話として気楽に読み流してかまいません。
イタリアで書かれたペテルブルク
ゴーゴリが『外套』を書いたのは、1840年に再びイタリアへ渡った年とされています。同じころに長編『死せる魂』も書いており、1842年に作品が出版されました。舞台は、ゴーゴリが若いころ下級官吏として暮らしたペテルブルクです。
ゴーゴリの中期以降の作品は、ペテルブルクの小役人や下層の人々の暮らしを、誇張をまじえて細かく描くことを特色としています。そこには笑いと、人間の卑小さへの嘆きが同居しています。その笑いは「涙を通しての笑い」と呼ばれ、『外套』の人道主義的箇所がその代表例として挙げられます。
ロシア文学を生んだ一着
本作は近代ロシア文学の先駆けとなり、多くのロシアの作家に影響を与えたとされています。小説家ナボコフは1941年に、これまでに書かれた最も偉大なロシアの短編だと評しました。
映像化も多く、1926年にソ連のコージンツェフとトラウベルグが、1952年にイタリアのラットゥアーダが映画にしています。1959年にはアレクセイ・バターロフが監督しました。アニメーション作家ユーリー・ノルシュテインによるアニメーション化の試みもよく知られています。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
新しい外套を着て出勤した日、同僚たちはアカーキイの外套を祝う宴を開きます。ところが夜更けの帰り道、彼は男たちに外套を奪われてしまいます。警察署長にも、つてを頼って訪ねた有力な人物にも相手にされず、高官からは激しく叱りつけられます。打ちのめされたアカーキイは熱を出し、そのまま亡くなります。
その後、街には外套を探して通行人から外套をはぎ取る官吏の幽霊が出るという噂が広まります。アカーキイを叱った高官も、彼の死を知って後悔していましたが、ある夜その幽霊に外套を奪われます。それ以来、高官は以前ほど横柄でなくなり、幽霊も姿を見せなくなりました。最後には、別の場所に背の高い口ひげの幽霊が現れたという話が添えられています。
よくある疑問
- 『外套』はどんな話?
-
貧しい下級役人が苦労して新しい外套を手に入れる話です。外套をめぐる喜びと災難を通して、役人社会の中で見過ごされてきた一人の人間が描かれます。
- 「我々は皆ゴーゴリの『外套』から出てきた」は誰の言葉?
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ドストエフスキーの言葉として広まっていますが、ドストエフスキーの著作や書簡にはこの言葉はありません。フランスの外交官ヴォギュエが1886年の著書『ロシア小説』に書いたのが初出とされています。
- どのくらいの長さ?
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短編小説です。章の区切りはなく、一つの話として続けて読めます。
- 『外套』は無料で読める?
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平井肇による日本語訳が青空文庫で公開されており、無料で読めます。新字新仮名の版です。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
