地下室の手記

地下室の手記ドストエフスキー
原題
Записки из подполья
発表
1864年
初出
雑誌『エポーハ(世紀)』1864年3月号〜4月号に掲載
形式・長さ
小説・中編
手ごわさ
手ごわい

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ひとことで言うと

ペテルブルクの片隅で人との関わりを絶って暮らす40歳の元役人が、ひねくれた独白で世の中と自分自身を罵り続けます。後半では、彼が24歳のころの屈辱に満ちた思い出が語られます。「自分は病んだ人間だ」と名乗る名もない語り手の手記という形の中編です。

こんな人に

  • 考えすぎて動けなくなった経験がある人に
  • 人に見せない心の底の意地悪さまで覗いてみたい人に
  • 正しい理屈に、なぜか反発したくなる気持ちがわかる人に

あらすじ(ネタバレなし)

1860年代のペテルブルク。遺産を受け継いで役所を辞めた40歳の男が、町はずれの部屋に一人で閉じこもり、手記を書きはじめます。彼は自分を、病んだ、意地の悪い人間だと名乗ります。そして苦しみの中にさえ快楽があること、人は損だとわかっていても自分の意志で愚かなことをしたがることを、くどくどと語り続けます。

第2部では、話は彼が24歳だった1840年代にさかのぼります。かつて酒場で自分を侮辱した将校に、彼はどうにかして仕返しをしようと考えます。また、若いころから反りの合わなかった学校時代の旧友たちが、転任する仲間ズヴェルコフの送別会を開くと知り、頼まれてもいないのに押しかけていきます。

気まずい会のあと、仲間たちは彼を置いて娼家へ向かいます。腹を立てた彼はそのあとを追い、そこで若い娼婦リザと出会います。

主な登場人物

地下室の男
語り手。ペテルブルクに住む元役人。名前は出てこず、解説では「地下人間」とも呼ばれる。
リザ
第2部で語り手が娼家で出会う若い娘。貧しさから身を売っている。
ズヴェルコフ
語り手の学校時代の同級生。出世して地方へ転任することになり、送別会が開かれる。
シーモノフ
学校時代の旧友の一人。語り手がふと訪ねたことから、送別会の話を知る。
将校
酒場で語り手を侮辱した男。道ですれ違っても、語り手の存在にさえ気づかない。

見どころ・おもしろいところ

  1. 「二二が四」への反抗

    語り手は、二かける二は四という当たり前の法則にさえ腹を立てます。自然の法則は人の自由の前に立ちはだかる「石の壁」だというのです。理屈で人間の行動を決めようとする考えに、身をよじって逆らう姿が第1部の読みどころです。

  2. 水晶宮をあざ笑う

    第1部では、誰もが合理的に幸福に暮らす理想社会が槍玉に挙がります。その象徴が、チェルヌイシェフスキーの小説に出てくる水晶宮です。人は理想の楽園を与えられても、いつか自分の自由を示すために反逆する、と語り手は主張します。

  3. 将校への小さな復讐

    第2部の初めで、語り手は自分を無視した将校に仕返しをするため、借金までして高い外套を買い、わざと道でぶつかろうとします。大まじめな計画と、相手が気づきもしない結果との落差が、哀れで少しおかしくもあります。

つまずきやすい所と、読み通すコツ

第1部は理屈の独白が続く

第1部は出来事がほとんどなく、語り手の理屈が延々と続きます。第2部は第1部の思想の実例として書かれているので、第1部で行き詰まったら第2部を先に読み、あとで戻るのも一つの手です。

二つの部で年齢が違う

第1部の語り手は1860年代の40歳ですが、第2部は彼が24歳だった1840年代の話です。同じ人物の若いころと今だと知っておくと、二つの部のつながりがわかりやすくなります。

語り手を信じすぎない

語り手は同じことを何度も繰り返し、自分の言ったことをすぐに打ち消します。矛盾だらけの手記という前提で、言葉の裏にある本音を探すつもりで読むと、独白の長さが気にならなくなります。

農奴解放直後のロシアで書かれた

この作品が書かれたのは、1861年の農奴解放の直後の時代です。ロシアでは西ヨーロッパの思想が急速に流れ込み、改革と革命運動の気運が高まっていました。知識人たちは、西欧の改革を取り入れるべきだという西欧派と、ロシア固有の伝統を重んじるスラヴ派に分かれて論争していました。

ドストエフスキーは、当時もてはやされた合理的利己主義やユートピア思想に、この小説で真っ向から挑みました。人間の意志や人格まで、自然や数学の法則で説明できるという考えへの反論でもあります。第2部の題は、ペテルブルクの作家たちが「ぼた雪」の描写を欠かさないことをからかった批評にちなんでいます。

ディストピア文学の源流

理想社会への語り手の反逆は、のちの文学の土台となり、近代ディストピアの最も重要な源の一つと評されています。ニーチェはこの作品をフランス語訳で読みました。

その影響は文学だけでなく映画にも及び、カフカの『変身』、ラルフ・エリスンの『見えない人間』、スコセッシ監督の映画『タクシードライバー』などが挙げられます。一方で作家ナボコフは、ドストエフスキーの作品は芸術としての均衡を欠くと、厳しい評価を下しました。

結末まで知りたい人へ

ネタバレを含むあらすじを開く

娼家の暗い部屋で、語り手はリザに、このままでは落ちぶれて誰にも顧みられずに死ぬだろうと、彼女の将来を語って聞かせます。心を揺さぶられたリザに、彼は自分の住所を教えて帰ります。ところが、みすぼらしい部屋に彼女が本当に訪ねてくると、語り手はあれは笑いものにしただけだと罵り、自分の惨めさを泣きながらさらけ出します。

リザは彼の哀れさを悟って優しく抱きしめますが、彼はそのあとも彼女をひどく扱い、帰りぎわに金を握らせます。リザはその金を置いて去り、二度と戻りませんでした。手記の最後には作者の注が添えられ、この男はこのあとも書き続けたが、ここで打ち切ってよいだろうと記されています。

よくある疑問

『地下室の手記』はどんな話?

社会から孤立して暮らす元役人が、ひねくれた理屈で世の中を罵り、若いころの屈辱的な思い出を語る話です。主人公の手記という形で書かれています。

『地下生活者の手記』と同じ作品?

同じ作品です。訳によって『地下生活者の手記』や『地下室の記録』という題でも出版されています。

どのくらいの長さ?

中編小説で、「地下室」と「ぼた雪に寄せて」の二部構成です。第1部は11の節、第2部は10の節からなります。

後の文学に影響を与えた?

近代のディストピア文学の最も重要な源の一つと評されています。ニーチェが仏訳で読んだほか、カフカの『変身』や、映画『タクシードライバー』にも影響を与えたとされています。

出典

あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。

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