昆虫採集に来た男が、海辺の村で砂の穴の底にある一軒家に泊められ、翌朝、地上へ戻る縄梯子を外されてしまいます。家に一人で住む女と砂をかき出す毎日のなかで、男は脱出を試み続けます。二十の言語に翻訳された、安部公房の代表作です。
こんな人に
- 閉じこめられた場所から抜け出そうとする話に引きこまれる人に
- 毎日の暮らしや自由について考えこんでしまう人に
- 奇妙な設定を、細かな描写で信じさせる小説が好きな人に
あらすじ(ネタバレなし)
昭和30年8月のある日、教師の男は休暇を使い、新種のハンミョウを採集するために海辺の砂丘の村を訪れます。最終のバスを逃した男は、漁師らしい老人に勧められ、村の一軒の家に泊まることになります。
村の家々は、蟻地獄のような砂の穴の底に建っていて、地上とは縄梯子でしか行き来できません。泊まった家には寡婦が一人で住み、砂かきに追われていました。一夜明けると、縄梯子は村人の手で取り外されていました。
砂をかき出さなければ家は埋もれてしまうため、村は人手を欲しがっていたのです。逆らえば水の配給が止められるので、男は女とともに砂をかく暮らしを強いられます。男は穴の底から抜け出す方法を、あれこれと考え始めます。
主な登場人物
- 男
- 主人公。31歳の教師で、趣味は昆虫採集。作中ではほとんど「男」と呼ばれる。
- 女
- 砂の穴の家に一人で住む30歳前後の女。前の年の台風で夫と娘を亡くしている。
- 老人
- 漁師らしい老人で、男を村の家に案内する。村長らしき人物として描かれる。
- 村人たち
- 穴から運び出した砂を運び、配給品を届ける。穴の上から男を見張っている。
見どころ・おもしろいところ
砂というもう一人の主人公
砂は日ごとに形を変え、家を埋め、体にまとわりつきます。作家の阿刀田高は砂がもう一つの主人公になっていると評しました。砂の性質が細かく書かれるほど、男の置かれた状況が現実味を帯びてきます。
脱出のサスペンス
男は穴の底から抜け出そうと、何度も手を変えて試みます。三島由紀夫はこの作品の再々の脱出のスリルを挙げて、劇作家と小説家の才能の結びつきをたたえました。次は抜け出せるのかという緊張が、物語を引っぱります。
二つの自由
安部公房は、飛び立ちたいと願う自由と、巣ごもって邪魔されまいと願う自由があると語り、その二つの自由の関係をこの作品で追ったと述べています。男が穴の暮らしに何を見ていくのかに注目すると、物語の奥行きが見えてきます。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
名前のない人物たち
登場人物は「男」「女」「老人」のように呼ばれ、主人公の本名はほとんど出てきません。誰が誰か迷うほど人物は多くないので、呼び名のまま読み進めて大丈夫です。
寓話として受け取る
砂の穴に人を閉じこめる村という設定は、作者が作った虚構です。大佛次郎は新しいイソップ物語として愛読したと述べています。現実にありそうかどうかを気にしすぎず、たとえ話として読むと入りやすくなります。
一枚の写真から生まれた長編
安部公房は、弘前大学への講演旅行の車中で、飛砂の害に苦しむ海辺の集落のグラビア写真を見たことがきっかけだったと語っています。その瞬間、言葉の群れが芽をふいて意識を占領した、と振り返っています。
作品は1960年の短編『チチンデラ ヤパナ』を発展させたものです。新潮社から書き下ろし長編の依頼を受けた安部は、2年近くをかけて完成させ、1962年6月に刊行されました。
世界で読まれる現代小説
刊行の翌年、第14回読売文学賞を受賞しました。1964年には勅使河原宏の監督で映画になり、同じ年にE・デール・サンダースの英訳も出ています。
翻訳は二十の言語に及び、1968年にはフランスで最優秀外国文学賞を受けました。この作品をきっかけに、安部公房は国際的な作家と見なされるようになりました。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
男はついに穴から抜け出しますが、逃げる途中で砂地にはまって溺れかけ、犬を連れて追ってきた村人たちに助けられて、再び穴の家に戻されます。あきらめに似た気持ちで暮らすうちに、男は女と夫婦のようになじみ、砂から水をためる装置の研究が日課になっていきます。
翌年の3月、女が妊娠し、2か月後に子宮外妊娠で町の病院へ運ばれます。そのあと、縄梯子はかけられたままになっていました。けれども男の心には村への連帯感が芽生え、装置のことを村人に話したい気持ちが先に立ちます。逃げる手立ては翌日にでも考えればいいと男は思います。7年後、男は家庭裁判所の審判によって失踪者とされます。
よくある疑問
- 『砂の女』はどんな話?
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砂丘の村で砂の穴の家に閉じこめられた男が、女と砂かきの暮らしを強いられながら、脱出を試みる話です。
- モデルになった場所はある?
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安部公房は、講演旅行の車中で読んだ週刊誌に、飛砂の被害に苦しむ山形県酒田市近くの海辺の集落の写真を見たことがきっかけだったと振り返っています。
- もとになった作品はある?
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1960年の短編『チチンデラ ヤパナ』を長編にしたものです。第一章の前半は、この短編と重なっています。
- 映画化されている?
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1964年に、安部公房自身の脚本、勅使河原宏の監督で映画になりました。カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受けています。
