安部公房
1924年〜1993年・日本
どんな作家?
東京に生まれ、満洲で少年期を過ごした小説家・劇作家です。現実にはありえない状況を写実的に描く作風で、作品は世界30数か国で翻訳されました。晩年はノーベル文学賞の有力候補と目されていました。
最初の一冊
砂の女砂の女
安部公房の代表作で、奇妙な設定のなかに脱出のサスペンスがあり、筋を追う楽しさから入っていけます。
満洲から東京の文壇へ
安部公房は1924年に東京で生まれ、生後8か月で家族とともに満洲に渡り、奉天で育ちました。旧制成城高校で学んだのち東京大学医学部に進み、1948年に卒業しますが、医師の道には進みませんでした。
1947年に詩集を自費出版し、翌年には、処女長編の一部が『終りし道の標べに』と改題されて雑誌に載り、これが初めての商業誌への発表となりました。1951年、超現実的な手法で書いた短編『壁 – S・カルマ氏の犯罪』で第25回芥川賞を受賞しました。1950年代には戯曲も次々に書き、劇作家としても活動を広げていきます。
都市の孤独を描いた前衛
1962年の『砂の女』以後は書き下ろしの長編に力を注ぎ、『他人の顔』『燃えつきた地図』『箱男』など、都市に生きる人の孤独を実験的な手法で描き続けました。1973年には演劇集団「安部公房スタジオ」をつくって俳優の養成に取り組み、自ら演出した舞台はアメリカでも上演されて反響を呼びました。1975年にはコロンビア大学から名誉博士号を贈られています。
晩年は箱根の山荘を仕事場にし、ワープロで小説を書いています。1993年、急性心不全により68歳で亡くなりました。ノーベル文学賞委員会の委員長は、急死しなければ受賞していただろうと語っています。
