それらの夏の日々、一面に薄の生い茂った草原の中で、お前が立ったまま熱心に絵を描いていると、私はいつもその傍らの一本の白樺の木蔭に身を横たえていたものだった。
重い結核を患う婚約者・節子に付き添い、高原のサナトリウムで暮らす「私」が、やがて来る別れを見つめながら、二人に残された日々を生きていく話です。死の影の差す日々のなかで、窓の外の景色はかえって美しく見えてきます。作者が婚約者を亡くした実体験をもとに書いた代表作です。
こんな人に
- 大切な人と過ごせる時間が限られていると感じたことがある人に
- 高原の風や光を、文章でじっくり味わいたい人に
- 悲しい題材でも、湿っぽくない恋愛小説を探している人に
あらすじ(ネタバレなし)
ある夏の終わり、「私」は出会ったばかりの節子と、白樺の木陰で過ごしています。節子が描きかけの絵を画架に立てかけたまま休んでいると、不意に風が立ち、ヴァレリーの詩の一節が「私」の口をついて出ます。数日後、節子は迎えに来た父親とともに帰っていきました。
それから約二年後の春、「私」は婚約したばかりの節子の家を訪ねます。節子の結核は重くなっていました。父親から、F高原のサナトリウムで療養させる相談を受け、院長と知り合いで自身も同じ病を持つ「私」が付き添うことになります。
療養は一、二年かかる見通しでした。四月の下旬、「私」と節子は高原へ向かう汽車に乗ります。サナトリウムの病室と付添人の部屋で、二人の暮らしが始まります。
主な登場人物
- 私
- 語り手。作家で、自身も同じ病を持つ。節子に付き添ってサナトリウムで暮らす。
- 節子
- 「私」の婚約者。絵を描く。章によって「お前」と呼ばれる。重い結核を患っている。
- 節子の父
- 娘の病を案じ、サナトリウムでの療養を「私」に相談する。
- 院長
- F高原のサナトリウムの院長。「私」の知り合いで、節子の容態を「私」に告げる。
見どころ・おもしろいところ
死にゆく人の目で見る景色
サナトリウムの窓から夕暮れを眺めるうちに、「私」は景色がこれほど美しいのは、節子の目を通して見ているからだと気づきます。悲しい題材でありながら、作品全体に明るい透明感があるのは、こうした風景描写の力によるものと評されています。
限られた日々の幸福
誰もが行き止まりだと思う場所から始まるような、二人だけの生の喜び。「私」はそれを小説に書こうと節子に告げます。療養所での静かな日常の一つ一つが、かけがえのないものとして描かれます。
時の流れを刻む構成
物語は序曲、春、風立ちぬ、冬、死のかげの谷の5章でできています。批評家の丸岡明は、ひとつの印象が時を隔てた別の印象を呼び起こすように書かれ、時の流れが立体的に感じられると評しました。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
「お前」と「節子」の呼び分け
序曲と終章の「死のかげの谷」では、語り手は節子に「お前」と呼びかけるように語ります。間の章では「節子」の名も多く使われます。どちらも同じ女性を指していると知っておくと、章が変わったときに戸惑いません。
大きな事件は起きない
物語の大半は、病室での会話や散歩、窓から見る景色の描写です。展開を追うより、季節の移り変わりと二人の心の動きに寄り添うつもりで読むと、作品の調子に入りやすくなります。
婚約者の死と章ごとの発表
『風立ちぬ』は、1936年12月の『改造』に最初の章が載り、その後『文藝春秋』『新女苑』『新潮』に章ごとに発表されました。終章の「死のかげの谷」は、1937年12月、軽井沢にあった川端康成の山荘にこもって書き上げられています。全5章をまとめた単行本は、1938年4月に野田書房から出ました。
節子のモデルは、堀が1934年9月に婚約した矢野綾子です。綾子は翌1935年12月に結核で亡くなりました。題名のもとになったヴァレリーの詩の一節は、単行本ではフランス語のまま巻頭に掲げられています。
文体の作家としての評価
三島由紀夫は、独創的な文体を作った作家として、森鷗外、小林秀雄とともに堀を挙げています。堀がこの作品で試み、続く『菜穂子』でさらに徹底したのは、小説から時事性を排して古典主義に近づくことだったと三島は論じました。
映画には1954年と1976年の2度なり、1976年版では山口百恵と三浦友和が出演しています。2013年のアニメーション映画『風立ちぬ』も、題名と物語の要素の一つをこの小説から取っています。英語、フランス語、中国語、ドイツ語などにも翻訳されています。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
サナトリウムで、節子は病院中で二番目に重い患者だと告げられます。一番重い17号室の患者が亡くなり、別の患者も自ら命を絶つなか、二人は互いに与え合う幸福の中で暮らします。冬になると「私」は二人の日々を日記に綴りますが、構想中の小説の結末を思っては恐れを抱きます。12月のある日、節子は山肌に父親の幻を見て、家へ帰りたくなったと小さな声で漏らします。
終章の「死のかげの谷」は、その一年後です。節子を亡くした「私」は、二人が初めて出会ったK村の雪の山小屋で、去年の節子を思い出しながら冬を過ごします。リルケの「鎮魂曲」を読みながら、「私」は自分がいま生きていられるのは、節子の無償の愛に支えられているからだと気づき、風の音に耳を傾け続けます。
よくある疑問
- 「風立ちぬ」とはどういう意味?
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作品の冒頭に掲げられたヴァレリーの詩の一節を、堀が訳した言葉からとられています。「ぬ」は完了の助動詞で、「風が立った」という意味です。作中の「いざ生きめやも」と合わせ、生きようとする覚悟と不安が同時に表れているとされています。
- 実話がもとになっている?
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作者本人の実体験がもとになっています。節子のモデルは、1934年に堀と婚約し、1935年12月に亡くなった矢野綾子です。
- どのくらいの長さ?
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中編小説で、序曲、春、風立ちぬ、冬、死のかげの谷の5章からなります。章ごとに別々の雑誌に発表されました。
- 『風立ちぬ』は無料で読める?
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著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。新字新仮名の版が公開されています。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
