自分の心のゆがみに苦しむ二十歳の学生が、一人で伊豆を旅し、旅芸人の一座と道連れになります。下田までの数日のあいだ、踊子の少女の素朴な好意にふれて、かたくなだった心が少しずつほどけていきます。川端が十九歳の実際の旅をもとに書いた短編です。
こんな人に
- 自分の性格の暗さを持て余したことがある人に
- 旅先で出会った人の何気ない優しさを覚えている人に
- 短い話で、読み終えたあとの余韻を味わいたい人に
あらすじ(ネタバレなし)
旧制第一高等学校の学生である「私」は二十歳。自分の性質が孤児根性でゆがんでいると厳しく反省を重ね、その息苦しさに耐えきれず、一人で伊豆への旅に出ます。
湯ヶ島へ向かう途中、「私」は湯川橋の近くで旅芸人の一行に出会い、その中の踊子に心を惹かれます。天城峠の茶屋で一行と再会しますが、茶屋の老婆は旅芸人を見下した口ぶりで語ります。峠のトンネルを抜けたあと、「私」は一行と下田まで一緒に旅をすることになります。
一行は伊豆大島から来た家族の旅芸人で、踊子の兄が率いています。湯ヶ野の宿で、「私」は踊子の身を案じて眠れない夜を過ごしますが、翌朝、川向こうの湯殿から無邪気に手を振る踊子の姿を見て、まだ幼い子どもなのだと気づき、心が軽くなります。旅芸人を見下す世間の目とは関係なく、「私」と一行との温かな交流が始まります。
主な登場人物
- 私
- 語り手。二十歳の一高生で、制帽に紺がすりの着物と袴という姿で一人旅をしている。
- 踊子(薫)
- 旅芸人一座の少女。十四歳だが、「私」には最初十七歳くらいに見える。
- 栄吉
- 踊子の兄で、一座を率いる二十四歳。東京で新派の役者の群れにいたことがある。
- 千代子
- 栄吉の妻で十九歳。旅の途中で子を早産し、亡くしている。
- おふくろ
- 千代子の母で四十代。踊子に三味線を教え、男が踊子に触れるのを嫌がる。
- 百合子
- 一座に雇われている十七歳の娘。大島生まれで、はにかみがち。
- 茶屋の婆
- 天城峠の茶屋の老婆。一高生の「私」を旦那さまと呼び、旅芸人を見下している。
見どころ・おもしろいところ
トンネルの向こうの世界
冒頭、「私」は雨の天城峠を登り、暗いトンネルを抜けて旅芸人の一行に加わります。研究者の勝又浩は、このトンネルを別の世界への入り口として読んでいます。トンネルの前と後で、風景や「私」の気持ちがどう変わるかに注目すると楽しめます。
「私」の目だけで描く踊子
物語はすべて「私」が見聞きしたことだけで書かれていて、踊子の心の中は一度も直接描かれません。川端自身も踊子の側からは何一つ書いていないと述べています。しぐさや言葉の一つ一つから、読者が踊子の気持ちを想像することになります。
旅芸人と世間の目
当時、旅芸人は身分の低い者として見下されていました。茶屋の老婆の口ぶりに表れる世間の冷たいまなざしと、「私」が一行から受け取る素朴な好意との対比が、物語に陰影を与えています。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
主語が省かれた文がある
川端の文章は主語を省くことが多く、誰の動作なのか一瞬わからなくなる文があります。結末近くには、読者から質問が相次いだ一文もあるほどです。迷ったら前後の文で、その場で誰が動いているかを確かめながら読むと落ち着いて進めます。
人物の呼び名に注意
一座の人々は、作中で「四十女」「上の娘」「中の娘」といった呼び方でも出てきます。一座が家族と雇われ人の混成であることを知っておくと、誰が誰の何にあたるかで迷いにくくなります。
十九歳の一人旅から7年後
川端が伊豆を旅したのは1918年の秋で、寮の誰にも告げずに出た約8日間の初めての一人旅でした。川端は幼いうちに両親や祖父母、姉を次々に亡くして孤児となっており、その生い立ちが作中の悩みに重ねられています。
旅から4年後、川端は湯ヶ島に滞在して体験をまとめた原稿を書き、それがもとになって、旅から約7年後に『伊豆の踊子』が生まれました。1927年に金星堂から単行本が出た際には、湯ヶ島に療養に来ていた梶井基次郎が校正を手伝っています。
6度映画になった青春小説
作品は川端の作品の中でも最も人気が高く、新潮文庫版だけで約338万部が売れています。映画化は6回に及び、踊子は田中絹代、美空ひばり、吉永小百合、山口百恵らが演じました。
結末近くの一文は主語が省かれていたため、誰の動作なのかを尋ねる質問が川端のもとに多く寄せられました。旧天城トンネルを抜ける道は「踊子歩道」として整備され、伊豆を走る特急列車にも「踊り子」の名が付けられています。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
下田に着いた「私」は、踊子たちを活動写真に連れて行こうとしますが、踊子しか都合がつかなくなると、おふくろが反対します。翌日には東京へ帰らなければならない「私」は、夜ひとりで活動写真を見に行き、遠くから踊子の太鼓が聞こえるような気がして涙をこぼします。
別れの朝、乗船場まで送ってくれたのは栄吉でしたが、海辺には踊子がうずくまって待っていました。踊子は「私」の言葉にうなずくばかりで、さよならも言えません。船が遠ざかると、踊子は艀の上で白いものを振り続けます。船室で「私」は、隣の受験生の少年の親切を素直に受け入れ、泣いているのを見られても平気でした。頭は澄んだ水のようになり、涙が流れるままにこぼれて、あとには甘い快さだけが残りました。
よくある疑問
- 『伊豆の踊子』はどんな話?
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一人旅の学生が旅芸人の一座と伊豆を歩き、踊子の少女の素朴な好意にふれて、自分のかたくなな心から解き放たれていく話です。
- 『伊豆の踊子』は実話?
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川端が一高に入った翌年、1918年秋に伊豆を一人旅したときの体験がもとになっています。川端は、書いたことはすべて事実で、虚構はなく省略があるだけだと述べています。踊子のモデルは、旅で出会った少女・加藤たみとされています。
- 踊子は何歳?
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数え年で十四歳です。「私」には最初、十七歳くらいに見えていました。
- どのくらいの長さ?
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短編小説です。初出の雑誌では「伊豆の踊子」と「続伊豆の踊子」の二回に分けて掲載されました。
