破戒

破戒島崎藤村
発表
1906年(明治39年)
初出
「緑蔭叢書」第1編として自費出版
形式・長さ
小説・長編
手ごわさ
ふつう
蓮華寺では下宿を兼ねた。
書き出し

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ひとことで言うと

被差別部落に生まれた小学校教師の瀬川丑松が、出自を決して明かすなという父の戒めと、自分を偽り続ける苦しさの間で追いつめられていく物語です。差別という社会の問題を正面から描き、日本の自然主義文学の先駆けとなりました。詩人だった藤村が小説に転じた最初の作品です。

こんな人に

  • 本当の自分を隠して生きる息苦しさを知っている人に
  • 差別がどう人を追いつめるのかを物語で考えたい人に
  • 雪深い信州の山あいの町の空気を味わいたい人に

あらすじ(ネタバレなし)

明治の後期、信州飯山の小学校で教える瀬川丑松は、子どもたちに慕われる若い教師です。けれども丑松には、誰にも言えない秘密がありました。被差別部落の生まれであることを、決して人に明かすなと、幼いころから父に固く戒められてきたのです。

ある日、丑松の下宿に泊まっていた金持ちの客が、部落の出だとわかったとたんに宿を追い出されます。その騒ぎを目の当たりにした丑松は、居たたまれなくなって町はずれの蓮華寺へ下宿を移します。寺には、同僚の老教師の娘で、家の貧しさから寺に預けられているお志保がいました。

丑松が心の支えにしているのは、自らの出自を公言して差別の現実を訴える思想家猪子蓮太郎の著作です。猪子にだけは自分の生まれを打ち明けたいと願いながら、丑松はその一言を口に出せません。やがて学校では、丑松の素性をめぐる噂がささやかれはじめます。

主な登場人物

瀬川丑松
主人公。飯山の小学校の若い教師。父の戒めを守り、出自を隠して生きてきた。
猪子蓮太郎
部落の出であることを公言する思想家で著述家。病身ながら差別の現実を訴える。
お志保
風間敬之進の娘。家が貧しく蓮華寺に預けられている。丑松と心を通わせていく。
土屋銀之助
師範学校以来の丑松の親友で同僚。闊達な性格で、植物学者になる夢を持つ。
風間敬之進
士族出身の老教師。酒びたりの暮らしで家は貧しい。お志保と省吾の父。
省吾
敬之進の息子で、丑松が受け持つ組の生徒。おだやかな性格で、継母とはうまくいっていない。
勝野文平
丑松の同僚の若い教師。郡視学の伯父を持ち、校長と親しい。

見どころ・おもしろいところ

  1. 言えない一言をめぐる緊張

    丑松は何度も猪子に打ち明けようとしては、口まで出かかった言葉をのみこみます。読者は丑松の秘密を最初から知っているため、誰かと話すたびに、いつ露見するかと息をつめて読むことになります。

  2. 噂が人を追いつめる怖さ

    丑松を苦しめるのは、はっきりした敵だけではありません。職員室や町で何気なく交わされる噂話が、少しずつ丑松の居場所を狭めていきます。陰口の怖さを描いた小説としても読めます。

  3. 雪に閉ざされる飯山の町

    物語の舞台は、寺の多い信州の小さな町です。古い町並みや寺の暮らし、冬に向かって深まる雪が、丑松の心の重さと重なるように描かれています。

つまずきやすい所と、読み通すコツ

旧仮名づかいの文章に慣れる

青空文庫で公開されているのは旧仮名づかいの版で、「言つた」「思ひ」のような表記が続きます。最初の数ページは戸惑いますが、声に出すつもりで読むとすぐに慣れます。

差別の言葉が出てくる

作中には、当時使われていた差別的な呼び方がそのまま出てきます。藤村は後に言い換えた版を出しましたが、戦後は初版の本文を底本にした版が出されています。時代の現実を写した言葉として受けとめると、作品の訴えがかえってはっきりします。

詩人が小説へ転じた一作

藤村は詩人として出発しましたが、長野の小諸で暮らした時期の最後、1905年にこの作品を書き起こしました。翌1906年3月に「緑蔭叢書」の第1編として自費出版され、藤村が小説へ転じた最初の作品になりました。

刊行当時から、構成がドストエフスキーの『罪と罰』に似ていると言われてきました。作品は、誰よりも早く自我に目覚めた者の悲しみという藤村自身の苦悩を主人公に託しつつ、社会の問題を追った小説とされています。

漱石の絶賛と改訂の歴史

夏目漱石は出版直後にこの本を手に入れ、明治の小説として後世に伝えるべき名作だと絶賛し、森田草平や高浜虚子にも薦めました。1913年には新潮社が、『春』『家』とあわせて当時の2,000円という高額で版権を買い取っています。

一方で、部落解放運動が広がると、藤村は差別的な語句を言い換えた改訂版を出し、それが言い換えても差別は変わらないと批判されました。1953年には初版を底本にした本文が全集に収められ、新潮文庫版も1971年から初版本を底本にしています。映画には1948年に木下恵介、1962年に市川崑の監督でなり、2022年にも三度目の映画が作られました。

結末まで知りたい人へ

ネタバレを含むあらすじを開く

物語の半ばで、牧夫だった丑松の父が預かった種牛のために命を落とし、丑松は戒めをいっそう重く受けとめます。やがて猪子蓮太郎は、友人の選挙の応援で飯山に来ていたところを襲われ、命を落とします。学校では噂が広まり、丑松は追いつめられていきます。

猪子の死に揺さぶられた丑松は、ついに父の戒めを破ります。教壇で生徒たちに自分の素性を打ち明け、ひざまずいて隠していたことを詫びるのです。その後、アメリカのテキサスで事業を始める話をもちかけられた丑松は、銀之助や生徒たちに見送られ、雪の中を橇でひとまず東京へ旅立ちます。

よくある疑問

『破戒』はどんな話?

被差別部落に生まれた青年教師が、出自を隠せという父の戒めと、偽り続ける苦しさの間で悩む話です。題の「破戒」は、その戒めを破ることを指しています。

モデルはいる?

部落の出身であることを明らかにしていた教育者の大江礒吉を、登場人物のモデルとする文献があります。ただし丑松のモデルとするには、その生き方と合わないという意見もあります。親友の土屋銀之助は、伊藤長七がモデルとされています。

どのくらいの長さ?

全23章の長編小説です。

『破戒』は無料で読める?

著作権が切れているため、青空文庫で無料で読めます。公開されているのは新字旧仮名の版です。

出典

あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。

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