伊勢湾に浮かぶ小さな島・歌島を舞台に、若い漁師の新治と海女の初江の恋を描く物語です。家の貧富の差や島の噂といういくつもの障害の前で、まっすぐな二人の想いが試されます。古代ギリシアの物語『ダフニスとクロエ』に着想を得た、三島には珍しい明るい青春小説です。
こんな人に
- まっすぐで飾らない恋の物語を読みたい人に
- 海や島の暮らし、自然の描写に心ひかれる人に
- 三島由紀夫を難しそうだと敬遠してきた人に
あらすじ(ネタバレなし)
伊勢湾に浮かぶ歌島で、十八歳の久保新治は漁師として働いています。父を戦争の最後の年に亡くし、海女の母と幼い弟との三人暮らしです。無口で泳ぎが得意な新治は、ある日、浜で見覚えのない少女を見かけ、なぜか心を惹かれます。
少女の名は初江。島の有力者で金持ちの宮田照吉の末娘で、よそへ養女に出されていましたが、跡取りの兄が亡くなったために島へ呼び戻されたのでした。恋を知らない新治は、初江の名を聞くだけで頬がほてる自分の気持ちが、よくわかりません。
旧陸軍の監的哨の跡で偶然顔を合わせたり、浜で落とした給料袋を初江が拾ってくれたりするうちに、二人はお互いに惹かれていることに気づきます。けれども島には、村の名門の息子の安夫が、自分こそ初江の婿になると言いふらしていました。島の人々の目が光る小さな共同体で、二人の恋はひそかに育っていきます。
主な登場人物
- 久保新治
- 十八歳の漁師。無口で、島を五周できるほど泳ぎが得意。母と弟と暮らす。
- 宮田初江
- 照吉の末娘で海女。養女に出されていたが、兄の死で島に呼び戻された。
- 宮田照吉
- 初江の父で、島の金持ち。貨物船の船主で、頑固で喧嘩っ早い。初江に婿を迎えようとしている。
- 久保とみ
- 新治の母で海女。夫の死後、女手一つで一家を支えてきた陽気な人。
- 川本安夫
- 十九歳。村の名門の次男で青年会の支部長。自分が初江の婿になると吹聴している。
- 千代子
- 灯台長の娘で、東京の女子大に通う十九歳。春休みに帰省している。新治に好意を寄せる。
- 灯台長
- 三十年も灯台で暮らす頑固な風貌の人物。心根は優しく、新治の恩人でもある。
見どころ・おもしろいところ
島の暮らしと海の描写
三島は神島に通い、漁や海女の仕事、神社の祭り、灯台、嵐などを細かく取材しました。島の自然と人の暮らしが一体になった世界が丁寧に描かれ、読んでいると潮の香りが伝わってくるようです。
ギリシアの恋物語の骨組み
物語の骨組みは、古代ギリシアの牧歌的な恋物語『ダフニスとクロエ』から借りています。日本の漁村をギリシアのような共同体として描こうとした試みで、神々のかわりに海の神や島の神社が若い二人を見守っています。
嵐の日の監的哨
雨の休漁日に監的哨で二人が会う場面は、作品で最も有名な場面です。フランスの作家ユルスナールは、この場面を神道の火の儀式に近いものと評しました。二人がどんな約束を交わすのかに注目してください。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
三島の他の作品とは別物
『仮面の告白』や『金閣寺』のような難解な観念は出てこず、筋がまっすぐな素直な恋愛物語です。三島らしい硬い文章を身構えずに、昔話を聞くような気持ちで読み始めて大丈夫です。
島の地名を押さえる
物語は小さな島の中で進み、監的哨、灯台、八代神社などの場所が何度も出てきます。坂道と狭い路地の多い島を思い描いておくと、登場人物の行き来がイメージしやすくなります。
ギリシア熱と神島への旅
三島は1951年末から翌年にかけて初の世界旅行をし、その後ギリシアへの熱が最高潮に達しました。『ダフニスとクロエ』の筋立てを生かし、日本の素朴な村落共同体を描ける場所を求めて、水産庁に漁村探しを依頼します。紹介された候補から、万葉集にゆかりのある三重県の神島を選びました。
1953年の3月と8月から9月に島を訪れ、漁業組合長の家に滞在して取材を重ねています。島滞在中には川端康成に宛てて、『禁色』のような退廃的な小説とは正反対の健康な小説を書くと伝えていました。作品は1954年6月に書き下ろしで刊行されています。
5度映画化された青春小説
作品はベストセラーとなり、三島にとって初めての文学賞となる第1回新潮社文学賞を受けました。メレディス・ウェザビーの英訳はアメリカでもベストセラーになり、三島作品で最も多くの文学全集に収められている作品でもあります。
映画は1954年の第1作から5度作られ、吉永小百合や山口百恵と三浦友和も主演しました。一方で、筋や人物が類型的だという批判や、古い共同体の倫理を賛美しているという批判もありました。ユルスナールは本作を「透明な傑作」と呼んでいます。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
嵐の休漁日、監的哨で二人は将来を誓い合いますが、帰り道を見た千代子が安夫に告げ口し、悪い噂が島に広まります。照吉は二人が会うことを禁じ、新治と初江は仲間の龍二が届ける手紙だけでつながります。
やがて新治は、照吉の持ち船である歌島丸に見習いとして乗ることになり、安夫も同じ船に乗り込みます。沖縄の港で台風に襲われ、船をつなぐワイヤーが切れたとき、誰もが尻込みするなか、新治は荒海に飛び込んで命綱を浮標につなぎ、船を救います。島では、噂を流したことを悔やむ千代子の手紙を読んだ灯台長の妻や海女たちが照吉に談判に行きますが、照吉は二人を試すために船に乗せたのであり、すでに新治を婿にすると決めていました。結ばれた二人は、灯台から夜の光を眺めます。
よくある疑問
- 『潮騒』はどんな話?
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伊勢湾の小島を舞台に、若い漁師と海女の娘が、家の貧富の差や島の噂といった障害を越えていく純愛の物語です。
- 歌島は実在する?
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歌島は、三重県鳥羽市に属する神島の古名です。三島は1953年に二度この島を訪れ、島の暮らしを細かく取材して舞台にしました。
- 「潮騒」という題の由来は?
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『万葉集』の柿本人麻呂の歌に出てくる言葉からとられています。その歌に詠まれた伊良虞の島が、神島や伊良湖岬のあたりを指すとされています。
- どのくらいの長さ?
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長編小説とされますが、中編とみなされることもある長さです。雑誌連載ではなく、書き下ろしの一冊として刊行されました。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
