幼いころから父に金閣の美しさを聞かされて育った吃音の青年が、金閣寺の徒弟となり、金閣の美に取りつかれていくまでを自ら告白する小説です。戦中から戦後へ移る時代を背景に、美への憧れと憎しみが硬く緻密な文体で綴られます。
こんな人に
- コンプレックスが世界の見え方を変えてしまう感覚を知っている人に
- 美しいものに惹かれながら、どこか憎らしくも思ったことがある人に
- 一人の青年の内面を、論理を追うようにじっくり読みたい人に
あらすじ(ネタバレなし)
溝口は、日本海に突き出た成生岬の貧しい寺に生まれました。僧侶の父は、金閣ほど美しいものはこの世にないと繰り返し語り、溝口は見たこともない金閣を、心の中で地上最高の美として思い描いて育ちます。
体が弱く、生まれつき吃音のある溝口は、周りにからかわれて引っ込み思案になり、人と打ち解けることができません。やがて病弱な父の勧めで、父の知人が住職を務める金閣寺に入り、徒弟として修行を始めます。ところが初めて目にした実物の金閣は、思い描いていたほど美しくはありませんでした。
戦況が激しくなると、溝口は、金閣も自分も空襲で焼けてしまうかもしれないと考えるようになり、金閣は再び悲劇的な美しさで輝き始めます。寺では、明るく屈託のない同輩の鶴川が、溝口の吃音を笑わない唯一の友になります。そして戦争が終わり、大学に進んだ溝口は、足に障害を持つ級友の柏木と出会います。
主な登場人物
- 溝口
- 語り手の「私」。寺の息子で吃音がある。金閣寺の徒弟となり、のちに大谷大学で学ぶ。
- 父
- 成生岬の寺の僧侶。病弱で、息子に金閣の美しさを語り聞かせる。
- 母
- 溝口の母。息子が金閣寺の住職になることに強い期待をかける。
- 有為子
- 溝口が故郷で出会った美しい娘。溝口をさげすみ、心に長く残る存在になる。
- 鶴川
- 金閣寺の同輩の徒弟。明るい青年で、溝口の暗い心を明るく言いかえてくれる。
- 柏木
- 大谷大学の級友。両足に障害があり、辛辣な言葉で溝口の心を見抜く。
- 老師
- 金閣寺の住職。父の修行時代の知人で、溝口を後継に目していた。
見どころ・おもしろいところ
心の金閣と本物の金閣
溝口にとって金閣は、実物を見る前から完璧な美として心の中に建っていました。想像の美と現実の美のずれが、戦争や溝口の境遇によって大きくなったり小さくなったりしていく過程が、物語の背骨になっています。
正反対の二人の友
明るく素直な鶴川と、障害を逆手にとってふてぶてしく生きる柏木は、溝口の前で対照的な生き方を示します。光と影のような二人の友人のどちらに溝口が引き寄せられていくかを見ていくと、物語の流れがつかめます。
禅問答をめぐる議論
作中では、禅問答「南泉斬猫」が大事な場面で話題になります。柏木が語る独特な解釈などを通して、美と行為についての問いが少しずつ形を変えて語られます。
つまずきやすい所と、読み通すコツ
観念的な独白が続く
溝口の心の動きが、理屈を積み重ねるような硬い文章で長く語られます。三島は森鷗外の知的な文体をまねてこの作品を書いたと述べています。一文ずつ論理を追うつもりで、急がずに読むと入りやすくなります。
語りは溝口の目だけ
物語は溝口が過去を振り返って告白する形で書かれ、他の人物の本心は直接描かれません。溝口の思い込みも混じっていると意識しておくと、鶴川や老師の意外な一面に出会ったときに戸惑いません。
放火事件と創作ノート
『金閣寺』の題材は、1950年7月2日未明に鹿苑寺で起きた放火事件です。三島は1955年11月に京都を訪れましたが、金閣寺の直接取材は断られたため、同じ臨済宗の妙心寺に泊まって若い修行僧の生活を調べました。南禅寺や舞鶴近くの成生岬なども歩き、詳しいスケッチを創作ノートに残しています。
当時の三島はボディビルで肉体の改造に取り組み始めたころでした。文体についても、森鷗外の文体をまねて自分を改造しようとしたと語っています。三島は主人公を、美という固定観念に追い詰められた芸術家の象徴として書いたと述べています。
三島の評価を決めた代表作
単行本は1956年10月に新潮社から出て、15万部のベストセラーになりました。読売新聞の年間ベストスリーでは選考員10人全員の推薦を受け、読売文学賞も受賞しています。それまで三島に懐疑的だった文壇の主流派も、この作品で三島を高く評価するようになりました。
1959年にはアイヴァン・モリスの英訳が出て、各国で翻訳されています。映画は1958年に市川崑監督、市川雷蔵主演の『炎上』として作られ、1976年には高林陽一監督でも映画化されました。新潮文庫版は2020年11月時点で累計361万部を超えるロングセラーです。
結末まで知りたい人へ
ネタバレを含むあらすじを開く
鶴川は事故で死んだとされ、溝口は再び孤独になります。柏木に女性を紹介されても、そのたびに目の前に金閣の幻が現れて、溝口は女性を抱くことができず、やがて金閣を憎むようになります。芸妓を連れた老師と出くわしたことをきっかけに老師との関係もこじれ、成績も落ちて、ついに後継にはしないと告げられます。寺を出て日本海を眺めた溝口は、金閣を焼かねばならないという考えにとらえられます。
寺に連れ戻された溝口は、柏木から、鶴川が実は自殺で、本心を柏木にだけ打ち明けていたことを知らされます。決行の夜、溝口は金閣に火を放ち、最上層の究竟頂で死のうとしますが扉は開きません。外へ逃れ、山の上から燃える夜空を眺めながら煙草を吸った溝口は、生きようと思います。
よくある疑問
- 『金閣寺』はどんな話?
-
金閣の美に取りつかれた吃音の学僧が、自分の生い立ちから金閣とのかかわりまでを告白する物語です。美への憧れと憎しみが入り混じった心理が描かれます。
- 『金閣寺』は実話がもとになっている?
-
1950年に鹿苑寺で実際に起きた金閣寺放火事件を題材にしています。ただし事実は創作のきっかけにとどまり、人物や主人公の行動は実際の事件とはかなり異なります。
- 『金閣寺』は難しい?
-
主人公の内面を論理的に掘り下げる観念的な文章が多く、読みやすい小説ではありません。ただ、物語の筋自体は時間の順に進むので、主人公の生い立ちから追っていけば流れは見失いません。
- どのくらいの長さ?
-
長編小説です。雑誌『新潮』に1956年1月号から10月号まで連載され、同じ年に単行本になりました。
出典
あらすじと解説は、上の資料と作品の本文をもとに編集部が書いています。表紙の絵はこのサイトで作った装丁で、実際の本の表紙ではありません。
