レフ・トルストイ

レフ・トルストイ

Leo Tolstoy

1828年〜1910年・ロシア

どんな作家?

伯爵家に生まれ、領地ヤースナヤ・ポリャーナで暮らしながら『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』を書いたロシアの小説家です。人物を細部まで描き分ける写実の名手であり、後半生は独自のキリスト教思想を説く思想家として、非暴力の主張でも世界に影響を与えました。

最初の一冊

アンナ・カレーニナトルストイアンナ・カレーニナトルストイ・大長編

『戦争と平和』より構成が緊密で、恋愛の筋が物語を引っぱるため、トルストイの人物描写の細やかさを味わう最初の一冊に向いています。作者の分身とされるリョーヴィンを通して、思想家としての一面にも触れられます。

貴族の放蕩から世界的作家へ

1828年、トゥーラ郊外のヤースナヤ・ポリャーナで伯爵家の四男として生まれました。2歳で母を亡くし、カザン大学に入るものの社交と遊びにふけって中退します。19歳で領地を継ぎ、農民の暮らしを良くしようとして挫折したのち、1851年にコーカサスの砲兵旅団に志願しました。この時期に書いた『幼年時代』で新進作家として注目され、クリミア戦争にも将校として従軍しています。

1862年に18歳のソフィアと結婚して領地に落ち着き、『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』を書き上げました。しかしその後、人生の無意味さに苦しむ精神的な危機に陥り、山上の垂訓を中心とする独自の教えを作り上げます。晩年は贅沢な暮らしと夫人との不和に悩み、1910年に家を出た旅の途中、小さな駅の駅長官舎で82歳で亡くなりました。

写実の作家、そして思想家

トルストイは、人物の体や仕草、周りの風景を細かく描くことで心の動きを表す、リアリズムの巨匠とされます。『戦争と平和』では500人を超える人物を鮮やかに描き分けました。回心後は『イワンのばか』のような民話風の作品や道徳的な論文を多く書き、晩年の『復活』では政府や教会を痛烈に批判しています。

非暴力の立場から日露戦争などの暴力を批判し、晩年にはガンディーとも手紙を交わしました。日本では明治時代から読まれ、白樺派の作家たちが強い影響を受けたほか、映画監督の黒澤明は『戦争と平和』を30回ほど読んだと語っています。

トルストイの作品