ロバート・ルイス・スティーヴンソン
Robert Louis Stevenson
1850年〜1894年・イギリス(スコットランド)
『宝島』と『ジキル博士とハイド氏』で知られる、スコットランド生まれの小説家・詩人です。生涯結核と闘いながら各地を転々とし、最後は南太平洋のサモアに住んで、島の人々から「ツシタラ(語り部)」と呼ばれました。筋運びの巧みさで物語文学を再興した作家とされています。
最初の一冊
中編で長さが手ごろなうえ、謎が少しずつ深まっていく構成で、スティーヴンソンの物語運びの巧さがよくわかります。題名だけ知っている人も多く、読み比べる楽しみもあります。
灯台技師の家から南の島へ
1850年、エディンバラに生まれました。父も祖父も灯台建設の技術者で、大学では父の跡を継ぐために工学を学びましたが、のちに法科へ移り、弁護士の資格を取っています。生まれつき体が弱く、若いころにかかった結核のため、各地で転地療養をしながら書き続けました。
パリで10歳年上のアメリカ人女性ファニー・オズボーンと出会い、1880年にサンフランシスコで結婚します。1883年の初めての長編『宝島』で一躍名を上げ、1886年には『ジキル博士とハイド氏』を出版しました。1890年からは家族とサモアのウポル島に移り住み、島の争いを調停するなど現地の人々とも深く関わりました。1894年、44歳で脳出血のため亡くなり、島の山の頂に葬られています。
物語の名手として
作家ゴールズワージーは、スティーヴンソンを人間の型を描くよりも物語を語る作家だとし、筋の運びの手際のよさではデュマやディケンズをしのぐと評しました。死去を伝えた文芸誌も、彼を物語文学の再興の主導者と呼んでいます。
冒険小説のほかに、紀行文や随筆、詩も多く残し、スコットランド語で書いた怪奇短編も傑作とされます。翻訳された回数では世界で26番目の作家とされ、19世紀の作家としては今も特に広く読まれている一人です。
