マーク・トウェイン

マーク・トウェイン

Mark Twain

1835年〜1910年・アメリカ

どんな作家?

ミシシッピ川沿いの町で育ち、蒸気船の水先案内人や新聞記者を経て作家になったアメリカの作家です。ユーモアと社会風刺に富んだ作品と世界各地での講演で、当時最も人気のある有名人の一人でした。ペンネームは蒸気船の合図から取られています。

最初の一冊

トム・ソーヤーの冒険マーク・トウェイントム・ソーヤーの冒険マーク・トウェイン・長編

作者が少年時代を過ごした町と友人たちがそのまま生きていて、トウェインのユーモアと物語のうまさを一番気軽に味わえる作品だからです。

川の町から世界の講演台へ

本名はサミュエル・ラングホーン・クレメンズ。ミズーリ州に生まれ、4歳のときにミシシッピ川沿いの町ハンニバルに移りました。この町と住人たちが、のちに『トム・ソーヤーの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』のモデルになります。「マーク・トウェイン」は、船が安全に通れる水深二尋を知らせる測深手の合図に由来します。

父の死後は印刷工として働き、1858年には蒸気船の水先案内人の資格を取りました。南北戦争で川の船の仕事を失うと、西部に移って新聞記者になります。1869年にヨーロッパ旅行記『地中海遊覧記』が評判となり、1876年の『トム・ソーヤーの冒険』で大ベストセラー作家になりました。

しかし浪費や投資の失敗で1894年に破産し、世界をめぐる講演旅行と著作の印税で借金を返しました。ハレー彗星が地球に近づいた年に生まれた彼は、75年後、再び彗星がやって来た1910年に亡くなっています。

笑いにこめた社会風刺

トウェインの作品は、少年たちの冒険を描いた物語から旅行記、エッセイまで幅広く、どれもユーモアにあふれています。その笑いには社会への風刺がこめられていて、晩年にはアメリカのフィリピン併合に反対する運動にも加わりました。

後の作家たちへの影響も大きく、ウィリアム・フォークナーは彼を最初の真のアメリカ人作家と呼びました。ヘミングウェイは、現代アメリカ文学はすべて『ハックルベリー・フィンの冒険』に由来すると述べています。

マーク・トウェインの作品