アレクサンドル・デュマ

アレクサンドル・デュマ

Alexandre Dumas

1802年〜1870年・フランス

どんな作家?

19世紀フランスの小説家・劇作家で、『三銃士』『モンテ・クリスト伯』などの歴史冒険小説で一世を風靡しました。新聞の連載小説という新しい形式で大衆の心をつかんだ人気作家です。『椿姫』を書いた同名の息子と区別して、「大デュマ」「デュマ・ペール」とも呼ばれます。

最初の一冊

モンテ・クリスト伯デュマモンテ・クリスト伯デュマ・大長編

投獄、脱獄、財宝、そしてパリでの復讐と、新聞連載で読者を夢中にさせたデュマの物語の力をいちばんよく味わえる作品だからです。

将軍の息子から人気作家へ

北フランスのヴィレル・コトレで生まれました。父はハイチ生まれの混血の将軍でしたが、ナポレオンと対立したままデュマが4歳のときに亡くなり、一家は収入を失います。十分な学校教育は受けられず、少年時代は森を駆けまわって育ちました。

1823年、のちの国王ルイ=フィリップとなるオルレアン公の秘書課に職を得てパリに出ます。やがて『アンリ三世とその宮廷』などの歴史劇で劇作家として名を上げ、1830年代の終わりからは新聞の連載小説で次々に成功しました。自分の劇場を持つほどの人気を得ましたが、1850年に破産を宣告されるなど浮き沈みも激しく、1870年に息子の別荘で亡くなりました。2002年には遺灰がパリのパンテオンに移されています。

新聞小説と歴史の物語

デュマは、フランスの歴史全体を自分の小説で描き尽くそうという大きな野心を抱いていました。『三銃士』に始まる三部作や『王妃マルゴ』など、実在の人物や事件を背景にした冒険物語は、「次号に続く」の連載形式で中流階級から一般の人々まで広く読まれました。

作品にはオーギュスト・マケら共作者がいたことが知られ、デュマは生前に何度も訴訟を起こされています。ただ研究が進むにつれ、共作者がいても作品からデュマの存在を否定することはできないことが示されています。晩年には『料理大辞典』の執筆に取り組むほどの美食家でもありました。

デュマの作品