ジェイン・オースティン
Jane Austen
1775年〜1817年・イギリス
18世紀末から19世紀初めのイギリスで、田舎の中流家庭の娘たちの結婚をめぐる日常を、皮肉と愛情をこめて描いた小説家です。生前の作品はすべて匿名で発表されました。その作品は近代イギリス長編小説の頂点とされ、英語における自由間接話法の発達に大きく貢献したことでも知られています。
最初の一冊
オースティンの長編の中でも会話のテンポがよく、恋のすれ違いという筋がわかりやすいので、初めての一冊として読みやすいからです。
牧師館で育った作家
オースティンは1775年、イングランド南岸部ハンプシャーのスティーブントンで、牧師の家に生まれました。当時の少女としては充実した教育を受け、10代のころから小説を書き始めています。20歳前後には、のちに『分別と多感』や『高慢と偏見』となる作品の原型を書き上げていました。
一家はその後バース、サウサンプトンへと移り、1809年からはハンプシャーのチョートンで暮らします。ここで『分別と多感』『高慢と偏見』『マンスフィールド・パーク』『エマ』を匿名で次々に出版しました。1817年、療養のために移ったウィンチェスターで41歳で亡くなっています。『ノーサンガー・アビー』と『説得』は、死後に出版されました。
狭い世界を描き尽くす
六つの長編はどれも、平凡な田舎の出来事を描いたものです。登場するのは名家の娘と牧師や軍人などの紳士で、題材の範囲は非常に狭いものです。作者自身も、田舎に3、4の家庭があれば小説の材料には十分だと述べています。そのぶん、限られた人々の階級意識や心の動きが、鋭い観察とユーモアで描き尽くされています。
アメリカ独立やフランス革命の時代を生きながら、作品にはそうした出来事がほとんど出てきません。夏目漱石は『文学論』で写実の第一人者として絶賛し、モームも高く評価しました。一方でシャーロット・ブロンテやマーク・トウェインのように、批判的な作家もいました。
