夢野久作

夢野久作

1889年〜1936年・日本

どんな作家?

陸軍少尉、禅僧、新聞記者、郵便局長と、変わった経歴を持つ福岡の小説家です。田舎の風土をにじませたホラーや、怪奇幻想の色濃い作品で知られます。10年以上をかけた代表作『ドグラ・マグラ』は、日本探偵小説三大奇書の一つに数えられています。

最初の一冊

ドグラ・マグラ夢野久作ドグラ・マグラ夢野久作・大長編

夢野久作が構想と執筆に10年以上をかけた代表作で、独白や書簡を使う語りの手法や怪奇幻想の作風が、この一冊にすべて詰まっているからです。

「夢の久作」になるまで

福岡市で、政界の黒幕と呼ばれた玄洋社の杉山茂丸の長男として生まれました。幼名は直樹です。祖父から四書五経や謡曲を学び、幼い頃から喜多流の能楽を修業しています。陸軍の一年志願兵を経て慶應義塾の予科に進みますが、父の命で中退し、福岡で農園を営みました。

その後は出家して禅僧になり、2年ほどで還俗します。1920年からは九州日報の記者として、ルポルタージュや童話を書きました。1926年、「あやかしの鼓」が雑誌『新青年』の懸賞で二等に入選し、作家として歩み始めます。筆名は、息子の作品を読んだ父の評から取られたもので、「夢の久作」は博多の方言で夢想家を意味します。1935年に『ドグラ・マグラ』を刊行した翌年、47歳で脳溢血のため亡くなりました。

独白体と書簡体、カタカナの文体

作品の多くは一人称で語られます。事件の顛末を語り手が明かしていく独白体の作品のほか、手紙をそのまま地の文にする書簡体の作品も多く、『ドグラ・マグラ』も半分以上が書簡体で組み立てられています。

「イマイマシイ」「タマラナイ」のように形容詞や動詞をカタカナで書く独特の表記や、三点リーダの多用も特徴です。江戸川乱歩は初めは厳しく評しましたが、のちに「押絵の奇蹟」などには感銘を受けたと述べています。詩や短歌にも長け、『猟奇歌』などの歌集も残しました。

夢野久作の作品