ジョージ・オーウェル
George Orwell
1903年〜1950年・イギリス
植民地時代のインドに生まれ、警官、浮浪者の暮らし、スペイン内戦の義勇兵を経て、全体主義と闘う文章を書き続けたイギリスの作家です。寓話『動物農場』と小説『一九八四年』で知られ、監視社会を指す「オーウェリアン」という言葉を残しました。本名はエリック・アーサー・ブレアです。
最初の一冊
動物の寓話の形をとった短い物語で、オーウェルが生涯をかけて批判した全体主義の仕組みが一気に見通せます。読み終えたあとに『一九八四年』へ進むと、二作の響き合いがよくわかります。
現場に身を置いた書き手
1903年、イギリス領インドのベンガル地方に生まれ、1歳で母とともにイギリスへ渡りました。奨学金でイートン校に学んだのち、1922年からビルマでインド警察に勤めますが、帝国主義の片棒を担ぐ仕事を嫌って5年で辞めています。その後はパリで皿洗いをし、ロンドンでは浮浪者にまじって暮らし、最底辺の生活を描くルポルタージュを書きました。
1937年にはスペイン内戦に義勇兵として加わり、前線で喉を撃ち抜かれる重傷を負います。さらにスターリン派による所属組織への弾圧が始まり、追われるようにフランスへ逃れました。この体験が反スターリニズムと反ファシズムの考えを決定づけます。第二次世界大戦中はBBCで番組を作り、1945年に『動物農場』を発表しました。結核に苦しみながらスコットランドのジュラ島で『一九八四年』を書き上げ、1950年に46歳で亡くなりました。
平易な言葉で権力を描く
オーウェルは、政治の世界で言葉が人を欺くために使われていることを強く意識していました。そのため自分の文章では、率直でわかりやすく書くことを大切にしています。『動物農場』の素朴な語りと、言葉をねじ曲げる権力者たちの台詞の対比にも、その姿勢が表れています。
1946年のエッセイ「なぜ書くか」では、1936年以来書いてきたものはすべて全体主義に反対し、民主社会主義を擁護するためだったと述べています。『一九八四年』に登場するビッグ・ブラザーや二重思考といった言葉は、政府による監視や情報操作を語るときに広く使われ続けています。
