メアリー・シェリー
Mary Shelley
1797年〜1851年・イギリス
10代の終わりに『フランケンシュタイン』を書き、SFの先駆者とも呼ばれるイギリスの作家です。母は女性の権利を唱えた思想家ウルストンクラフト、父は思想家ゴドウィン、夫はロマン派の詩人パーシー・シェリーという、文学と思想に囲まれた人生を送りました。
最初の一冊
彼女の名を後世に残した作品で、怪物の物語として知られるイメージと原作との違いを確かめる楽しみもあるからです。
喪失の多かった生涯
メアリーは1797年にロンドンで生まれましたが、母ウルストンクラフトは出産後まもなく亡くなります。1814年、すでに妻のいた詩人パーシー・シェリーとの恋に父が激怒し、二人はヨーロッパ大陸へ駆け落ちしました。1816年の夏、スイスのレマン湖畔でバイロンが怪奇談の競作を提案したことが、『フランケンシュタイン』の着想につながります。
1818年に作品が匿名で出たあと、一家はイタリアへ移りますが、幼い子どもたちが次々に病気で亡くなりました。1822年には夫パーシーもヨットの沈没事故で世を去ります。イギリスに戻ったメアリーは、ただ一人生き残った息子を育てながら、筆一本で暮らしを立てようとしました。1851年、53歳で亡くなっています。
小説家として、編集者として
『フランケンシュタイン』のほかにも、1826年の長編『最後の人間』や歴史小説、旅行記、伝記を書いています。父ゴドウィンの小説の形式を受け継ぎながら、ゴドウィンが説いた啓蒙思想の理想を批判したことが指摘されています。
夫の死後は、その詩の遺稿を集めて出版し、1839年には詩集の新しい版を編みました。この仕事は、パーシー・シェリーの詩人としての評価を決定づけたとされています。1820年に書き上げながら、父ゴドウィンが原稿を返さなかった小説『マチルダ』は、死後100年以上たった1959年に初めて世に出ました。
