小林多喜二

小林多喜二

1903年〜1933年・日本

どんな作家?

昭和初期のプロレタリア文学を代表する小説家です。秋田に生まれ、小樽で育ち、銀行に勤めながら、働く人々の闘いを描く作品を発表しました。『蟹工船』で注目を集めましたが、1933年に特別高等警察に逮捕され、29歳で亡くなりました。

最初の一冊

蟹工船小林多喜二蟹工船小林多喜二・中編

小林多喜二の名を広く知らしめた代表作で、全十章の中編なので、プロレタリア文学に初めて触れる人でも読み通しやすい長さです。

小樽の銀行員から作家へ

小林多喜二は1903年、秋田県の小作農家に生まれ、4歳のとき一家で北海道の小樽に移りました。伯父の工場に住み込みで働きながら学資を得て、小樽高等商業学校に進みます。在学中から創作に打ちこみ、校友会誌などに作品を発表しました。

1924年に北海道拓殖銀行に入り、小樽支店で働きます。家の苦しい暮らしや不況による社会不安を身近に感じるなかで、小樽の労働運動に関わり始めました。1928年には、共産党関係者の大検挙を題材にした『一九二八年三月十五日』を雑誌『戦旗』に発表しています。

弾圧のなかで書き続けて

1929年に『蟹工船』を発表すると、一躍プロレタリア文学の旗手として注目されました。同時に特別高等警察から要注意人物とされ、同じ年に銀行を解雇されます。翌年東京に移り、日本プロレタリア作家同盟の書記長になりました。

1930年には『蟹工船』の記述をめぐって不敬罪で追起訴されています。1932年からは地下活動に入り、その体験をもとに『党生活者』を書きました。1933年2月20日、東京の赤坂で逮捕され、その日のうちに築地警察署で亡くなりました。警察は心臓麻痺と発表しましたが、遺体には拷問の跡が残されていました。

小林多喜二の作品