泉鏡花
1873年〜1939年・日本
どんな作家?
明治後期から昭和初期に活躍した小説家で、尾崎紅葉に師事しました。江戸文芸の影響を受けた怪奇趣味と独特のロマンティシズムで、幻想文学の先駆者とされます。『高野聖』で人気作家となり、小説のほか戯曲や俳句も手がけました。
最初の一冊
高野聖高野聖
鏡花を人気作家にした短編で、語りの入れ子と濃い描写という鏡花の持ち味が一作に詰まっています。
金沢から紅葉の門下へ
本名は泉鏡太郎で、金沢の彫金職人の家に生まれました。10歳で母を亡くしたことは強い衝撃となり、故郷や母の思い出は後年まで作品に繰り返し現れます。1889年、尾崎紅葉の小説を読んで文学を志し、その年のうちに上京しました。
1891年に紅葉宅を訪ねて入門を許され、書生として住み込みます。1893年、紅葉の斡旋で処女作『冠弥左衛門』を京都の新聞に連載しました。1895年の『夜行巡査』『外科室』で評価を得て、1900年の『高野聖』で人気作家となりました。のちに妻となる芸妓すずとの同棲は紅葉に叱られて一度は解消しますが、その後もひそかに交際を続け、出会いから27年目に入籍しています。
幻想と江戸の情緒
代表作には『照葉狂言』『婦系図』『歌行燈』があり、大正期には『夜叉ヶ池』『天守物語』などの戯曲にも力を注ぎました。装画の小村雪岱と組んだ本づくりでも知られています。
1925年に刊行が始まった全集では、鏡花を師と仰ぐ谷崎潤一郎や芥川龍之介らが編集委員を務めました。太宰治、川端康成、三島由紀夫など、後の多くの作家に影響を与えています。1937年に帝国芸術院会員となり、1939年に亡くなりました。
