井伏鱒二

井伏鱒二

1898年〜1993年・日本

どんな作家?

広島県の旧家に生まれた小説家で、短編『山椒魚』で世に知られ、原爆を描いた『黒い雨』で野間文芸賞を受けました。筆名は釣り好きだったことに由来します。荻窪に住んで阿佐ヶ谷文士村の中心人物となり、95歳まで長く書き続けた人です。

最初の一冊

黒い雨井伏鱒二黒い雨井伏鱒二・長編

井伏鱒二に国際的な評価をもたらした長編で、原爆の日を一人の生活者の日記を通して描いています。

画家志望から小説家へ

井伏鱒二は1898年、広島県の加茂村に生まれました。5歳で父を亡くし、祖父にかわいがられて育ちます。中学校の池で飼われていた山椒魚が、のちの処女作『山椒魚』の題材になりました。初めは画家を志しましたが、兄の勧めもあって文学に転じ、早稲田大学に進みます。

教授との衝突で大学を中退し、同人誌に作品を書きながら、なかなか芽が出ない時期を過ごしました。1929年に『山椒魚』『屋根の上のサワン』などを発表し、1938年には『ジョン萬次郎漂流記』で直木賞を受賞しています。

荻窪の文士として

荻窪に住んで太宰治ら多くの文士と交わり、太宰の結婚の仲立ちもしました。戦時中は陸軍に徴用されてシンガポールで新聞の編集に携わり、この経験はのちの作品に大きな影響を与えています。戦後は『本日休診』で第1回読売文学賞を受けました。将棋好きでも知られ、晩年には日本将棋連盟からアマ五段の免状を贈られています。

1966年には、被爆者の日記をもとにした『黒い雨』で野間文芸賞を受け、同じ年に文化勲章を受章しました。『山椒魚』は60数年にわたって改稿を続けたことでも知られます。晩年には、荻窪の昔を描いた『荻窪風土記』を刊行しました。1993年、95歳で亡くなりました。

井伏鱒二の作品