ヴィクトル・ユゴー
Victor Hugo
1802年〜1885年・フランス
フランス・ロマン主義を代表する詩人・小説家で、政治家としても活動しました。ナポレオン3世のクーデターに反対して19年に及ぶ亡命生活を送り、その間に『レ・ミゼラブル』を完成させています。亡くなったときは国葬で送られ、パンテオンに葬られました。
最初の一冊
ユゴーが長い年月をかけて書き上げた代表作で、社会の底辺に生きる人々への関心と、物語を大きく動かす力の両方を味わえるからです。
ロマン派の旗手から亡命者へ
フランス東部のブザンソンで、ナポレオン軍の軍人の三男として生まれました。父はボナパルト派、母は王党派で、両親の確執はのちに『レ・ミゼラブル』のマリユスの父と祖父の対立の原型になったとされます。少年時代から詩作に夢中で、1830年の戯曲『エルナニ』の上演は古典派との騒動を呼び、ロマン派を文学の主流に押し上げるきっかけになりました。
1843年に長女レオポルディーヌをセーヌ川の事故で亡くし、深い悲しみを詩に託します。政治の世界では貴族院議員となり、死刑廃止や教育改革を訴えました。1851年のルイ・ナポレオンのクーデターに反対して国を離れ、ブリュッセル、ジャージー島を経て英仏海峡のガーンジー島に住みます。普仏戦争でナポレオン3世が失脚した1870年、19年ぶりに帰国し、英雄として迎えられました。
詩と小説と社会への関心
ユゴーは何より詩人として出発し、『東方詩集』や『静観詩集』などでロマン詩人の中心的存在となりました。小説では『ノートルダム・ド・パリ』『レ・ミゼラブル』『九十三年』などを書き、劇作家としても活躍しています。
少年時代に見たギロチンの光景が彼を人道主義者にしたという説もあり、死刑や貧困といった社会の問題に生涯関心を寄せました。1959年から1965年まで発行されたフランスの5フラン紙幣には、その肖像が使われています。日本では「ユーゴー」とも表記されます。
