ヘルマン・ヘッセ

ヘルマン・ヘッセ

Hermann Hesse

1877年〜1962年・ドイツ・スイス

どんな作家?

20世紀前半のドイツ文学を代表する詩人・小説家で、のちにスイスに帰化しました。神学校からの脱走など苦しい少年時代の体験を作品に生かし、『車輪の下』『デミアン』などを書いています。1946年にノーベル文学賞を受賞しました。

最初の一冊

車輪の下ヘッセ車輪の下ヘッセ・中編

作者自身の神学校時代の体験がもとになった作品で、ヘッセの若いころの悩みと作風の出発点がよくわかるからです。

詩人になれないなら

南ドイツのカルフで、宣教師の家に生まれました。4歳ごろから詩を作る活発な子どもで、難関の試験に合格して14歳でマウルブロンの神学校に入りますが、半年で脱走してしまいます。詩人になれないのなら何にもなりたくないと悩み、自殺未遂や退学を経て、本屋の見習いも3日でやめました。

その後、テュービンゲンの書店で働きながら詩を書き、1904年に結婚してボーデン湖畔のガイエンホーフェンに移り住みます。第一次世界大戦のころに深い精神的な危機を経験し、ユングの弟子たちの助けを借りて回復しました。スイスのモンタニョーラに落ち着き、1924年にスイスに帰化して、1962年に85歳で亡くなるまでその地で暮らしています。

牧歌から内面の探求へ

初期の作品には、南ドイツの風物のなかで穏やかな人の生き方を描いた、ノスタルジックで牧歌的なものが多く見られます。『デミアン』を境に作風が一変し、それ以降は人の深い精神世界や、現代文明への批判を描くようになりました。

平和主義を唱えたヘッセの作品は、ナチス政権に好ましくないとされ、ドイツ国内で紙の割り当てを禁じられたこともあります。風景や蝶などの水彩画も得意で、自分の絵を添えた詩文集も出しました。1946年にはノーベル文学賞とゲーテ賞を受け、翌年には故郷カルフの名誉市民になっています。

ヘッセの作品