ナサニエル・ホーソーン

ナサニエル・ホーソーン

Nathaniel Hawthorne

1804年〜1864年・アメリカ

どんな作家?

マサチューセッツ州セイラム生まれの、19世紀アメリカを代表する小説家です。先祖にセイラム魔女裁判の判事がいたこともあり、清教徒のニューイングランドを舞台に、罪と罪悪感、そして悪を見つめる作品を多く書きました。メルヴィルは彼を最も優れたアメリカ作家に推しています。

最初の一冊

緋文字ホーソーン緋文字ホーソーン・長編

ホーソーンの名を一躍高めた代表作で、罪と赦しという彼の主題が最もはっきり表れています。序章でホーソーン自身の税関勤めの体験も語られ、作家の人となりにも触れられます。

先祖の影を背負って

1804年、セイラムに生まれました。先祖のウィリアム・ホーソーンは厳しい判決で知られた判事で、その息子ジョンはセイラム魔女裁判の判事の一人でした。ホーソーンは大学を出て間もなく、こうした先祖と距離を置くために、姓の綴りに「w」を加えたとされています。船長だった父は、彼が幼いころに亡くなりました。

大学卒業後は長く無名のまま短編を書き続け、自宅にこもった日々を、生きていたのではなく生きることを夢見ていただけだと振り返っています。1842年に画家のソファイア・ピーボディと結婚し、生活のためにボストンやセイラムの税関で働きました。1850年の『緋文字』で注目を集め、その後は友人ピアス大統領のもとでリヴァプール領事も務めています。1864年、旅先で眠ったまま亡くなりました。

暗いロマン主義の作家

ホーソーンの作品は「暗いロマン主義」に属し、罪や悪こそ人間に生まれつき備わったものだと示す警告の物語とされます。清教徒のニューイングランドを舞台に、象徴に満ちた歴史物語と深い心理の主題を組み合わせ、先祖の罪とその報いを繰り返し描きました。

『緋文字』『七破風の屋敷』など四つの長編は、1850年から1860年の間に書かれています。友人となったメルヴィルは、書評で彼の作品の闇の深さを称え、『白鯨』をホーソーンに献げました。批評家ハロルド・ブルームは、ヘンリー・ジェイムズやフォークナーと並ぶ、アメリカ最大の小説家の一人に数えています。

ホーソーンの作品