アーサー・コナン・ドイル
Arthur Conan Doyle
1859年〜1930年・イギリス
名探偵シャーロック・ホームズの生みの親として知られる、エディンバラ生まれの作家です。医師として開業しながら小説を書きはじめ、雑誌の短編連載でホームズを大人気にしました。歴史小説や『失われた世界』などのSFも書き、晩年は心霊主義の活動に打ち込みました。
最初の一冊
ホームズを一躍有名にした最初の短編集で、一編ずつ完結するので、ドイルの語りのうまさを気軽に確かめられるからです。
開業医から人気作家へ
スコットランドのエディンバラで、アイルランド系カトリックの家に生まれました。父がアルコール依存症で精神病院に送られたこともあり、少年時代の暮らしは苦しいものでした。伯父たちの援助で学校を出て、1876年にエディンバラ大学の医学部に進み、卒業後は医師として診療所を開業します。
患者を待つ暇な時間に小説を書いて雑誌に投稿し、1887年にホームズものの第一作『緋色の研究』を発表しました。1891年には眼科医への転身に失敗し、執筆一本の生活に入ります。同じ年から『ストランド・マガジン』に載せたホームズの短編が爆発的な人気を呼びました。ボーア戦争では医療奉仕団の医師として戦地に赴き、1930年、サセックスの自宅で家族に看取られて亡くなっています。
ホームズを嫌った男と呼ばれて
ドイルは歴史小説こそ自分の本分と考えていたため、有名になりすぎたホームズを疎んじ、1893年の「最後の事件」でホームズをいったん死なせてしまいます。しかし読者の強い求めに応え、のちに『バスカヴィル家の犬』などで再びホームズを書きました。晩年には、ホームズを復活させたことを後悔していないと語っています。
ホームズの物語は、後の推理小説のさまざまな原型を築いたと評価されています。ドイル自身も、ジョージ・エダルジ事件やオスカー・スレイター事件で警察のずさんな捜査を暴き、冤罪を晴らすことに力を尽くしたことで知られています。
