シャーロット・ブロンテ

シャーロット・ブロンテ

Charlotte Brontë

1816年〜1855年・イギリス

どんな作家?

ヨークシャーの牧師館で育ったブロンテ三姉妹の長姉です。カラー・ベルという男性風の筆名で出した『ジェーン・エア』で、社会の常識に反抗する女性主人公を描いて大きな反響を呼びました。妹エミリー、アンとともに、姉妹そろって小説家として知られています。

最初の一冊

ジェーン・エアシャーロット・ブロンテジェーン・エアシャーロット・ブロンテ・長編

作者の寄宿学校や家庭教師の経験が生かされた代表作で、意志の強い主人公の語りに引っぱられて、長編でも読み進めやすいからです。

牧師館の姉妹と早すぎる別れ

ヨークシャーのソーントンで、牧師パトリック・ブロンテの三女として生まれました。一家はハワースの牧師館に移り、母は1821年に亡くなります。1824年に姉二人、妹エミリーとカウアン・ブリッジの寄宿学校に入りますが、劣悪な環境のなかで姉二人が結核で亡くなりました。この学校がのちのローウッド学院のモデルです。

家に戻ったきょうだいは読書に没頭し、弟ブランウェルと空想の国の物語「アングリア物語」を書き続けました。教師や家庭教師として働き、ブリュッセルにも留学したのち、1846年に姉妹で詩集を出し、翌1847年に『ジェーン・エア』を刊行します。しかし翌年から弟、エミリー、アンが相次いで亡くなりました。1854年に副牧師と結婚しますが、翌年、38歳で身ごもったまま世を去っています。

身分や財産より自分の意志

シャーロットは若いころ、桂冠詩人ロバート・サウジーに詩を送り、文学は女性の一生の仕事にはなりえないと忠告されたことがあります。それでも書き続けた彼女の『ジェーン・エア』は、美人ではない孤児の女性が自分の意志で恋と生き方を選ぶ物語で、ヴィクトリア朝の小説として画期的なものでした。

自分の経験を作品に生かす書き手で、ブリュッセルで過ごした日々は、自伝的な長編『ヴィレット』の題材になりました。友人の作家エリザベス・ギャスケルが書いた伝記『シャーロット・ブロンテの生涯』でも、その人生はよく知られています。

シャーロット・ブロンテの作品